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てなわけで、豪邸訪問開始!!(^o^)v …ところが中々着かない。(^.^;) しみじみと春日山神社の行列でのタイムロスを後悔。 実は、持ち歩いていた観光マップからオレが判断したところによると、春日山神社から本丸までの高低差は、ふもとから春日山城までよりは少ない。あくまでもオレの判断。観光マップ。名前は『マップ』、即ち地図。そんなもんを信用したオレがアホだったのである。(^.^;) 流石は室町〜安土桃山時代には堺に継ぐ交易量と京都に継ぐ経済力を持った日本第二の都市、越後府中(糸魚川市〜直江津市周辺)を擁した超金持ち国主、越後長尾家の豪邸の事はあり、途中まで車道が…ってもったいつけるネタが車道かいっ!!(゜O゜)☆\(^^;) 一旦下りた春日山神社前の駐車場からは、絶壁の上に馬場跡(休憩所になってます)が見えました。なのでオレの観光マップによる判断としては、その休憩ポイントの高さから春日山神社の階段の二倍位登れば本丸に着く筈。…当然大外れ。(^.^;) 駐車場を出てからも、三の丸の入り口までずっと車道が続きました。 閑散とした道に入ると、丁度咽が乾いたところに清水!!しかもコップ常備!!これがとてつもなく美味かったんですよぉ!!(^o^)v ちなみに軟水でした。理由は…次のページで判ると思います。ちょっとこの塩ビ管に興味を抱き、元を辿る様にみると…途中で見えなくなっていました。そしてその先にあったのが、とてつもなく大謎な穴ぐら。未だにこれは大謎のままなのである。 そんなわけで、どうもおかしい、中々着かない、と思いつつ歩いていると、観光マップの看板が。当然、オレが手にした観光マップとは大違い。(^.^;) そりゃそうだ、観光マップ同士、つまり不正確な物同士、一致などするはずはないのである。(-_-;) その看板の地図によれば…オレは行きすぎていた!!(^.^;) 焦って折り返し、三の丸方面の入り口へ。すると、川中島の雄、甘糟近江守のお屋敷跡がお出迎え。そこから完全な登山道と化している通路を登ると、結構間近に三の丸発見!!ほほう…米蔵なんかもあったわけか…とか感心していたのだが、その後、ここから各施設へ『配達』するのがとてつもない重労働であると知る。(^.^;) この三の丸には、悲劇のヒーロー、三郎景虎公の屋敷跡があり、卒塔婆が跡地を示す石柱に寄りかかっているのが物悲しかったのであります。三郎景虎公は、小田原城からの実質的な人質として上杉家へ養子としてやって来ました。でも謙信公は、同じく養子である甥、景勝公と分け隔てする事なく寵愛したといわれています。養子となった以上はとことん面倒見てやる、いかにもお坊さん。謙信公の行動パターンは、お坊さんだと思えば大体分かります。(^.^;) 謙信公が病死した後、二人の養子同士で跡目争いが始まります。(御館の乱・おたてのらん) 最初は景虎公は、川中島合戦が行われなくなり、密かにとてつもなく良好な友好関係を築いていた武田氏と、元々の実家、北条氏、それから越後の一部の武将のバックアップで、ほぼ対等に戦います。ところが…景勝公が希代の戦術の天才だったのと、途中で武田氏が中立となったのを期に越後の武将のバックアップも失ってしまった為、追詰められた上で自害して果てます。本当に虚しい戦い。謙信公はきっと、憂いていた事でしょう。この二人が仲良くしていれば…と思う歴史ファンも少なからずいる事でしょう。 ここでちょっと気になることが。建物がない…もしや城中全てがこの調子なのでは!?…だとしたらちょっとキツイもんがある…(-_-;) とか思いつつも続けて見る事に。三の丸自体予想外に広く、そこには三郎景虎公の屋敷跡や何やらの他に、巨大であったと思しき米蔵の跡も。広さで充分分かります。戦国時代の築城のパターンをちょっと垣間見れて面白かった!!(^o^)v 更に土塁跡、縦掘跡は当時のまま残っていました。これぞ戦国の築城!!ご満悦!!(^o^) さて、きつめの登山道を更に登ります。すると二の丸に到着。本当に登山道っぽいところからいきなり視界が開けます。このパターンは三の丸、本丸も同様でした。 とここで、ある事に気が付きます。それは…いたくなあいっ!!(^o^)v そうなんですよぉ、ヘルニアなんてどこ吹く風か、歩調も軽く、丸で健康な人の様にすいすいすいすい歩いてるオレ。すげえぞっ!!信じる者は救われる!!(ばいぢーざす・くらいすと(^o^)v) 二の丸からは、そこへ至るまでとは違い、本当に城外がよく見えました。写真の照度をご覧の通りです。そして二の丸から見えたものは…高い高〜い所。その上は空。つまり本丸。って遠いぢゃねえかよっ!!(-_-;) ちなみに、いかに観光マップをあてにしてはいけないかよく分かる出来事が。二の丸の直ぐ近くに『大手道』の看板が。右の観光マップの写真を今一度ご覧ください。…あり得ないし(^.^;) |
春日山城の解説はこちら
![]() 春日山城中腹の高さ!! ![]() ここでも路駐ラッシュ ![]() 中腹の筈の馬場を見上げる ![]() 清水!!超美味!! ![]() 大謎だった穴ぐら。 ![]() 観光マップ!! ![]() 甘糟近江守の屋敷跡 ![]() ここが三の丸跡。 解説はこちら ![]() 御館の乱の敗者、景虎公屋敷跡 卒塔婆が哀しく寄りかかる。 解説はこちら ![]() 昔のまま残る土塁。 解説はこちら ![]() 米蔵跡。遠征時や迎撃時の主役。 ![]() 広い米蔵跡まで囲む土塁。 |