これからやって行くこと
私は以前、東京チェンバープレイヤーズという団体を主宰しておりましたが、諸事情あり、解散してしまいました。主宰=プロデュースなわけですが、中々これが難しいものでして、こういった部分で成功している人たち全員を尊敬しております。(^.^;)
今、振り返ると、下手は下手に違いないのですが、同時期の作品のクオリティーに着目した場合、明らかに何もしていな時よりも高いわけです。それは、舞台を通じて、多くの皆様のご意見や反応を頂き、自分なりに大きなフィードバックを得ていた事によるものだと思います。
結局、自己表現をする事、芸術家である事が、職人としての音楽家である自分にとっても大きなプラスになるという事が言えると思うわけです。自己表現している間は、本当に良い内容のお仕事が出来ていました。
私がプロデュースを止めて以来、本当に沢山の事件がありました。東京を離れ新潟の実家に戻ったこと、その実家で二度の震災があったこと、療養で戻った実家なのに母が癌になってしまっていた事、そして今、自分が完治したのに母がまた癌になり、更に痴呆の為、付き添いが自分しかいなくなってしまった事…
一見するとどうにもならない状況なのですが、合間を縫う様にして、創作活動だけは続行して参りました。そして、以前の様な演奏団体ではなく、子供の頃からの夢の実現に向けて、動き出そうと思います。それは…
本来の夢は演奏家ではなかったという事実
幼少期から、強いあこがれを持っていた人がいました。その人こそが、Wolfgang Amadeus Mozartだったのです。そして小学生の頃から、次第にある夢を抱き始めていたのです。『モーツァルトになること』だったのですが…
古楽器の演奏家としての相方に言われました。「佐々木さん、現代のモーツァルトだよ」と。勿論、良い意味ではありません。即座に意味が分かった私は、思わず苦笑いしてしまいました。「そうだなあ」「そうですよ。だって皇室と付き合ったり、そこそこ裕福になったと思ったら、落ちぶれて、挙げ句の果てに劇団の付録みたいに音楽作ってるんだもん」
確かにスタッフとして、作曲とDTMの演奏をして来ました。それは現在でも変わりありません。ただ、プレイヤーの世界から見れば、純粋に音楽を発表する表現者ではないというだけで、見下す対象になってしまうのが現実なのです。かと言って、本当の意味でのモーツァルトは、私にとっては、単なる作曲家ではないのです。私が『モーツァルトになりたい』と思っていたのは、作曲家志望という事ではなく、『オペラ作家』になる事だったのです。
ブロードウエイミュージカルとの出会い
ホルン奏者となり、活動していく中で、いつしか、この『本当の夢』は、無意識下へと隠されてしまいました。それもこれも、作曲科を履修していないのだから出来る筈がない、という諦めからだったわけです。
引退して、実際に作曲家になる時に、ようやく思い出した事だったわけです。しかし、そこには本当の記憶がやはり隠されていたのでした。脚本なんて、演出なんて、演劇畑の事なんて、何も分かっちゃいない、つまりやっちゃいけない事なんだと。
ブロードウエイミュージカルと出会った事が、後に自分にとって、この考えを大きく変える切っ掛けになったのでした。初めてのブロードウエイ、その後、お仕事を続けて行く中で、ミュージカルへの固定観念は、出会いと同時に破壊され、どんどんのめり込んで行きました。それ程までに、全てが素晴らしかったのです。
オペラなのかミュージカルなのか
先ず、これから私がやって行く事は、あくまでも『脱・素人、目指せ玄人』という部分からの出発になるわけです。最初から大成功なんて期待はしてませんが、かなり本気で真剣です。これだけは間違いありません。
本当の事を言えば、オペラが最終目標なのか?…これは今でも答えが出ていません。しかし、これから続けて行く中で、きっと答えが見つかる筈だと思っております。
つまり、やりたい事自体は何かというと、『総合芸術』に他ならないわけです。オペラもミュージカルも、そして楽劇だの音楽劇だのも、全て総合芸術に他ならないわけですから、こういった事を、出来る範囲からコツコツとやって行きたいと思います。
今後、色々とプロデュースをして行く予定です。それぞれの公演については、このページで随時ご案内致しますので、お楽しみに。m(__)m

