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(2001年10月6日アップロード分)

う(日)

 中国から伝播し、日本で定着した音階の階名で、「五声」の第五音。詳しくは後ほどやります。…のっけからそれですかっ(^.^;)

ヴァイオリン violin(英)

 もう何の説明もいらないでしょう。とかいいつつ結構長い文章だったりする、いやな年よりの様なオレですが、言いたい事はきっちり言わないと。 「ホームページ」なんですからねっ!!
 擦弦楽器、つまり弦を弓でこする楽器の中では、普及率も知名度もトップですよね。こいつの仲間には、様々な民族楽器があります。フィドルとか、胡弓とかですね。
 構造は、胴に、「F」をデフォルメした穴(F字孔)が両わきに開いてまして、ここから、空洞になっている胴の中に共鳴した音を外へ放出し、こするだけで発生する微弱な音を増強させてます。そしてその胴の下部には弦を止める「緒止め板」が付いてまして、そのすぐ脇に、あご当てが付いてます。あ、街角でたまに、あごにあざを作っている人を見かけたら、ヴァイオリンをやってるんだなあ、と思って下さい。このあご当ての跡です。
 そして緒止め板からは四本の弦が伸びてまして、あ、正確にいうと、張られておりまして、先程の「F」をデフォルメした二つの穴の間には、「ブリッジ」というコマがあり、ここでもって弦を支えてます。このブリッジの形状は、年代と共に変化してきていて、古典期位までは、今ほど先端部分は弓なりになってませんでした。これは重音、つまり和音が出しやすくなるようにという配慮からで、重音の聴いた感じも、現代楽器のヴァイオリンよりも、発音の同時性が高いです。これは産業革命によるオーケストラの大規模化に対応し、より大きな音量がこの楽器に求められた結果、一つの音を集団で大きく演奏するように、ヴァイオリンの使われ方が変化して来たためです。そのため、古典期までの作品には、重音が多く使われております。ちなみに、この「ブリッジ」ですが、演奏者が自分で削ってメンテナンスします。
 さて、その先には、竿、つまりネックが伸びておりますが、ギター等の様にネックにはフレットが付いておりません。演奏家の感覚だけが、音程の正確さを左右する要因になるわけでして、その結果この楽器を難しくしております。何せ、音大に入ってまで、試験で音階が出てくる位です。あ、この楽器やる人は耳がいい人が多いですが、音程が不安定なのは、本人もわかってるけど技法上難しい、という事ですので、なるべく耳を非難しないであげて下さい。本当に、指先の感覚一つで簡単に音程が変わってしまうんです。
 ネックの先には、この楽器では唯一メカニカルな部分があります。糸巻きだとか、渦巻きだとか、糸倉だとかですね。ここでチューニング、つまり調弦をやります。これはギターなんかと一緒ですね。
 この楽器は、古くから大体現在の物と同じ形状をしておりましたが、完全に現在のスタイルの基礎を作り上げたのが、イタリアのクレモナの楽器職人達で、名前を挙げればよだれが出てくる連中です。アマティだとか、ストラディヴァリ、グアルネリなんかがそうですね。
 作曲家にとっては、この楽器は正にお助け大魔神で、ああっ!!いいメロなのに、管楽器でやると窒息してしまうぅ!!とか、…これ、ラッパだと絶対苦情来るよなあ…なんて事になると、真っ先にこの楽器にやってもらいます。だって、ブレスしなくていいし、唇バテないんだもん。今日もありがとう!!そして、これからもずっとずっと、頼りにして行きます。ビバ・ヴァイオリン!!

ヴァイオリン属 violin family(英)

 え〜、擦弦楽器は、元々は「ヴィオル属」を中心に隆盛を極めておりました。先に述べた通り、アマティを始めとするクレモナの楽器職人達の手により、そこから分岐したのが、このヴァイオリン属です。
 ヴィオル属との違いは、以下の通りです。
 1)共鳴孔が、CからFのデフォルメになった。
 2)フレットをなくした。(ヴィオル属にも無いものはあります。)
 3)弦の数を四本に統一した。
 4)「根柱」という、腹板と胴をつなぐ部品を付けた。(ヴィオル属にもあるものがあります。)
 5)ついでに思い切って、楽器を四種類にしてしまった。
 つまりは、ヴァイオリンヴィオラ、チェロ、コントラバスの事なんですよ。だったら早くそう言えっ!!…だって含蓄たれたいんだもん

ヴァイブラフォン vibraphone(英)

 「ヴィブラフォン」を英語で正しく発音すると、こうなります。以上…ってなあ、おいっ!!
 (・O・; 辞典ならちゃんとやらなくちゃ。
 それでは気を取り直して、「ヴィブラフォン」のイカした言い方。(きっぱりっ)
ヴィブラフォン

ヴァイラの歌 Gesang Weylas(独)

 ヴォルフの「メーリケ歌曲集」の中の一曲で、「ヴァイラ」とは、メーリケの詩中に出てくる女神の名前。全53曲中の第46曲です。

ヴァイル, クルト Weill, Kurt 1900〜1950(人)

 ドイツの作曲家で、ジャズを使った「三文オペラ」で有名な人です。フンパーディンクとプゾーニのお弟子さんで、その後アメリカへ亡命して、ミュージカルとオペラで大活躍しました。

ヴァインガルトナー, フェリックス Weingartner, Felix 1863〜1942(人)

 オーストリア、っていうか、ウイーンの指揮者。なんとなんと、リストのお弟子さんですっ!!凄いっ!!ウイーン国立歌劇場や、ウイーンフィルの指揮者として有名ですよね。また、オペラ「シャクンタラ」を作った事でも有名です。著書に、「ある指揮者の提言」があります。あ、ワインガルトナーとか、ワインガートナーって言った方がわかりやすいですか。でもオーストリアの国語はドイツ語だし、ドイツ語読みすると、ヴァインガルトナーなんです。「わ」ではやらないつもりです。ごめんなさい。

ヴァインベルガー, ヤロミール Weinberger, Jaromir 1896〜1967(人)

 この人も、ワインバーガーって言った方がわかりやすいですね。でも「わ」ではやらない予定です。チェコの作曲家で、プラハ音楽院出身。
 先生がレーガーで、…なんかどこかの国の政治家大集合って感じです。(^.^;)…って、それはレーガンだろがっ!!
 ワインバーガー元国務長官は、一回だけ生で見た事があります。あ、全然関係ないお話ですね。本題に戻りましょう。
 この人の場合、作品がどうこうという事はさておき、作風について語った方がいいと思います。国民的というのか、民族的というのか、一種特有のカラーを持っております。単刀直入に、面白い作品を作る人です。近年、こちら系の作風が、クラシックのヨーロッパの世界では流行しておりまして、リバイバルブームみたいになってますね。弾正は…乗っかりません。(^.^;)だって日本人だし。チェコ風ってったって、チェコ人にはかなわねえよ、絶対。

ヴァーグナー, リヒャルト Wagner, Richard 1813〜1883(人)

 皆さん、大変長らくお待たせ致しました。遂に真打ち登場です。そうです、ワーグナーです。ドイツ人なので、正しくはヴァーグナー、又はヴァークナーと発音します。ちなみに「わ」では…もういいっ!!
 この人については、私が改めて説明するまでも無いでしょう。凄すぎます。何せ、「ワグネリアン」という、熱狂的なファン集団を形成してしまった程の大家ですから。今で言えば、「ハルカマニア」と「ハルクホーガン」みたいな?(^.^;)
 ドイツの作曲家…というよりは、総合芸術プロデューサーです。本当に凄い事をやってのけました。「楽劇」の発案者であり、実行者です。この「楽劇」とは、オペラとは似て非なるものでして、目指した所は正に「総合芸術」であります。文学、音楽、演劇の三大文芸を一つに融合させようという物で、とてつもなく大きなスケールをもった発想です。詳しくは、「楽劇」でやります。え〜、美術が抜けてるぢゃねえかっ!!とか思うでしょうが、舞台芸術上の美術として考えて頂きたいと思います。セットだとか、背景画だとか、天使が飛んでいる時のメカニカルな仕掛、つまるところ、猿之助さんの様な、演出しながら自らが手を出すという人でした。
 経歴は、ライプツィヒの中流官吏の末っ子で、お父さんが舞台芸術オタクだったそうで、子供たち全員が舞台というものにハマったそうです。当のリヒャルト君は、ある日コンサートでベートーヴェンのシンフォニーを聴いて、音楽へ邁進しまして、ライプツィヒ大学に在籍中に作曲法をぺろんと、あっという間にマスターしてしまい、4曲の作曲でデビューした後、19歳で大学を中退。その後はロシアのリガでオペラ指揮者となり、2年後にパリへ渡りその三年後にドレスデンで宮廷楽長となりました。1848年の革命を期に逃亡し、スイスへ逃れ、大活躍した後に、バイエルン王に認められ、1864年、バイロイト祝祭劇場を建設。そうです、バイロイトの音楽祭を主催しながら、作曲、というか楽劇の制作に没頭しました。
 バイロイト音楽祭は、現在まで続き、毎回世界中のプロの演奏家の中から、そのトップを招いて公演される事で有名で、ヴァーグナー存命中は、あのリヒァルト・シュトラウスの父、フランツ・シュトラウスを主席ホルンとして、毎回出演交渉をしていましたが、当のフランツ・シュトラウスは古典物が好きで、どちらかというとヴァーグナーは好きでは無いと、息子・リヒァルト・シュトラウスに愚痴を言っていたという逸話が残っております。まあ、愚痴というよりも、親父が息子に説教するついでに、という感じなのですが。というのも、フランツは、息子がヴァーグナーに傾倒している事に対し、ことあるごとに説教をしていたそうで、それが晩年のリヒァルト・シュトラウスの作風を形成したきっかけともなっております。
 代表作は、ありすぎて、また有名で、わざわざ紹介するのもおこがましいのですが、「ニーベルングの指環」、「マイスタージンガー」等です。

ヴァーゲンザイル, ゲオルク・クリストフ
Wagenseil, Georg Christoph 1715〜1777(人)

 前古典派の雄。オーストリアの作曲家です。皆さん、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンという系譜はもうご存知ですよね。その前って知ってますか?そう、この人や、バッハの息子たちなんかなんです。ヴァーゲンザイルあってのハイドンなんですよ。と言ってもいい程、ハイドンに強い影響をもたらしている人です。作曲数の多さも特筆すべきでしょうね。交響曲が30曲です。よくやりましたっ!!オペラだけでも10曲以上残っております。

ヴァージナル verginal(英)

 はい、なんでしょうか?…答えは楽器です。元古楽器奏者の弾正の真骨頂かな?(^.^;)
 あまりご存知ないでしょうね。この楽器、一時期大流行したんですよ。イギリスで。15〜17世紀位の事です。実はチェンバロみたいな楽器で、鍵盤楽器で撥弦楽器です。つまりは弦をはじく楽器ですね。チェンバロとここは一緒です。そして、チェンバロの仲間の総称として言われるようになり、その内、サロンとか家庭用の小さな物だけを、こう呼ぶ様になりました。

ヴァース verse(英)

 1)グレゴリオ聖歌で詩編などの聖書の引用文を指す。大体はソロで歌われる。この部分を、オルガンなどでフーガ風にやるのを、「ヴァーセリア」って言います。
 2)ジャズ、そして軽音楽などで、リフレインを導くところで挿入される導入部分を指して、こう呼ぶ。

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(2001年10月7日アップロード分)

ウアパンゴ huapango(西)

 スペインの民族舞曲の名前。6/8拍子です。これで有名なのが、「ククルクク・パロマ」という曲です。…って、舞曲ぢゃなくて歌ぢゃねえか、歌!!というわけで、いつからか、歌としても定着しちゃいました。ようこそここへクッククック♪って、ちがああああうっ!!

ヴァリエーション variation(英)

 「変奏」または「変奏曲」という意味です。大体は「Theme and Variation」というタイトルで、変奏される「主題」と一緒ですね。って、主題なくて変奏だけってあるのかよ??…つまりは粘土があるから、色々な形の粘土があるわけで、粘土が無くて色々な粘土細工は無いわけで、という事は、はい、粘土細工です、って粘土が無いところでいきなりステンレスのポット出されたら、「うん、粘土細工だ」って納得していいわけねえだろぉっ!!
 というわけで、「主題」が無いと「変奏」は無いという事にしますっ!!…本当にそれでいいのか?オレ…続きは「変奏曲」で。

ヴァルヴ valve(英)

 金管楽器の構造の中で、半音階を出すための「枝管」という所に、息及び音波を伝える時の切り替え装置の事です。
 金管楽器は、ベートーヴェンの第九以前は、これがありませんでした。トランペットに穴を開けて無理矢理(?)音程を変えたり、トロンボーンにスライド付けたり…というか、サックバットという楽器でしたが、そもそもスライドがあるからサックバットなわけで、まあ、色々な工夫がなされてきました。テューバの前身の「セルパン」という楽器は、うにょ〜〜〜〜とへびの様に曲がっており、それは穴に指が届く様にという工夫だったりしたわけです。
 それを尻目にずっとおとなしくしていたのが、ホルンです。こいつ、何もしませんでした。というのは、唇と息、そしてベルの中の右手の調節で、半音階が出せてしまっていたんです。右手を開けた時の音が、開放音、塞いだ時の音を閉塞音と言いまして、この閉塞音は、はっきり言ってこもって暗い音です。だから必ずしも褒められた結果では無いかも知れませんでしたが、天才モーツァルトは、常にこれを逆手に取り、まるでホルン奏者の様に音色を楽譜に配置し、とてつも無い効果を上げていました。
 まあ、モーツァルトの例は特例中の特例で、誰もがこの閉塞音が嫌だったわけです。そんな折、ある大事件がイギリスで起きました。産業革命です。この産業革命の目玉の一つは、そうです、ジェームス・ワット(1736〜1819)による蒸気機関の発明ですね。そしてその技術のフィードバックをふんだんに採り入れることが出来たのが、この金管楽器でした。真鍮合金で出来た金管楽器には、正にうってつけの大革命だったわけです。
 蒸気機関の発明によってもたらされたのが、シリンダー構造です。シリンダーの中で、「ピストン」がひょこひょこ動くわけです。この一見無関係なシリンダー構造と金管楽器ですが、とんでもない結果をもたらすのです。
 それまでの金管楽器は、穴が開いている物こそあれ、直管でした。つまり、マウスピース(歌口)をセットしたマウスパイプ(受け口)から、ベル(ラッパ)まで、チューニング管や、ホルンの場合は「カプラー」という、調性によって付け替える、継ぎ足し管の抜き差し部分以外は、曲がっているだけで、何も無かったんです。そう、この「継ぎ足し管」を、一つの楽器に複数付けて、何かの装置で切り替える事が出来たら、ホルンは閉塞音を出さずに済む…という発想から生まれたのが、「ピストン・ヴァルヴ」でした。トランペットの中央部に、縦に三つ並んでいる、あれです。シリンダーには、それぞれ、継ぎ足し管の代わりの「枝管」への穴が開いており、そこへ「枝管」を挿します。そして、その穴に、押した時に枝管へ流れる息の道筋と、押してない時にまっすぐベルへ流れる息の道筋を、切り込みを入れてつけました。ピストンの下には、ばねがあります。こうして、遂に閉塞音の出ないホルンが誕生しました。最初に使われたのは、前述の通り、ベートーヴェンの第九です。長いホルンのソロは、それ以前のホルンでは演奏不可能です。この新しいホルンを見た、新し物好きのベートーヴェンは、故意にこのソロを書き、初演するオーケストラに無かったものですから、わざわざ持っている演奏家を呼び、彼が第四ホルン奏者であったために、第四ホルンにソロを受け持たせています。
 この初演により、ピストン・ヴァルヴの素晴らしさは瞬く間に広がり、全ての金管楽器に付けられる事となったのです。そう、トロンボーンにまで。ヴァルヴ・トロンボーンという楽器が誕生してしまいました。
 時を経て、ロータリー・ヴァルヴが生まれました。これも、工業の分野からの技術のフィードバックによります。これは、ロータリーを回転させる事により、枝管と主管への息の切り替えを可能にしました。更に、一つのヴァルヴで、複数の枝管の切り替えが可能という利点がありました。ちょっと分かり難いですか?では説明しますね。ピストンは、上下動ですよね。つまり、押しきった時、押してない時、この二つ以外は考えられません。途中で手探りで何かしようとすると、不安定でどうしようも無いんですよ。ところが、「回転」するロータリーは、横に動くわけです。息の通り道の為の切り込みを、縦に並べて入れられるんですよ。つまりですねえ、縦に長いロータリーを作るだけで、二段、三段と、息の通り道を縦に並べる事が出来るのです。
 これにより誕生したのが、フル・ダブル・ホルンで、後にセミダブル、トリプル、といったホルンも誕生しました。ドイツの楽器メーカー、アレキサンダーの大手柄です。では、こういう構造でないホルンとどう違うのでしょうか?それは、息の通り道は一つですよね。でも、息が通ってない枝管が、共鳴管になってしまい、重厚な音を出せるんです。この構造は、その後、トロンボーンの切り替え管や、テューバへも使われる様になり、柔らかい音色の出る構造の為、これにこだわった演奏家たちは、ロータリー・トランペットを定着させました。
 最後にもう一つ。ウインナ・ヴァルヴというのがあります。その名の通り、ウイーンのローカルな楽器、ウインナ・ホルンだけのヴァルヴ構造です。発明されてから80年代中盤から後半まで、ウイーン・フィルだけで用いられてました。現在も時折使われております。一見すると、ロータリー・ヴァルヴですが、実は違うんです。枝管の先端部分がヴァルヴになっているんです。つまり、指から一番遠い所で、音程を変化させている、って事です。これにより、ホルンのクセにポルタメントがかけられちゃいます。でもそんな楽譜無いので、意味はない…と思ったら大間違いです。緩やかに音程が変化する、とてつもなく美しい、スラーが出来るんですよ。滅びないで欲しい楽器です。

ヴァルキューレ Die Walkuere(独)

 ヴァーグナーの超大作、「ニーベルングの指環」の第1夜の第2部。「ニーベルングの指環」は、四夜連続公演する超大作で、ギネスブックにも載ってます。
 ストーリーは、これは神話であるという前提でご覧下さい。主神ヴォータンが、人間界で二人の兄妹を生ませます。ジークムントとジークリンデの双子です。その双子の兄妹は、やがて愛し合い、ヴォータンのお妃の、フリッカを怒らせてしまいます。ところが、ヴォータンの娘で、ヴァルキューレ隊の人、ブリュンヒルデは、この二人に同情してしまいます。その結果、岩山の上で、炎に囲まれ、深い眠りに落ちてしまう…というお話です。
 この中で、ヴァルキューレの騎行は、特に有名ですね。地獄の黙示録のテーマになりました。あ、皆さん、この曲は3/4拍子ではありません。そう思ってる人、多いと思いますが、騎行って事は、馬のリズムがモチーフになってるわけです。9/8拍子が正解です。1拍に8分音符3つですよ。

ヴァルター, ブルーノ Walter, Bruno 1876〜1962(人)

 指揮者です。アンセルメの時に、もう名前が出てましたね。そうです、録音技術の発展の申し子、ブルーノ・ワルターです。ドイツ人なので、ドイツ語読みすると、ヴァルターになります。あ、ちなみに本名は、シュレズィンガー(Schlesinger)さんです。
 この人がいきなり巨匠なので、あまり知られていないのですが、実はマーラーのお弟子さんで、マーラーの秘蔵っ子でした。一番仲が良かったそうです。
 マーラーのお弟子さんという事で、当初はウイーンを中心にヨーロッパ各地で大活躍しておりました。ウイーン国立歌劇場で、1901〜1912年の間、指揮者を務めました。その後、各地で活躍した後に、1939年にアメリカへ渡り、市民権を獲得、1947〜1949年の間、ニューヨーク・フィルで常任指揮者を務めました。皆さんご存知なのは、「アメリカ人、ブルーノ・ワルター」ですよね。本当に、貧乏な音大生にとっては神様の様な人です。廉価版最大の雄です。

ヴァルター, ヨハン・ゴットフリート
Walther, Johann Gottfried 1684〜1748 (人)

 ドイツの、作曲家にして音楽学者。コラール変奏曲で有名な人で、実際に教会のオルガン奏者もしてました。彼の音楽辞典も、有名だったりします。またまた佐々木の辞典のライバル登場!!

ヴァルトシュタイン・ソナタ Waldstein Sonate(独)

 ベートーヴェンのピアノソナタ、op.53の通称。ハ長調です。ヴァルトシュタインって何?とか思っちゃいますよねえ。これ、ベートーヴェンがこの曲を、ヴァルトシュタイン伯に献呈したので付いた名前だそうです。あ、作曲は、1803〜1804年です。

ヴァルトトイフェル, エミール Waldteufel, Emil 1837〜1915(人)

 え〜、ドイツ人みたいな名前ですが、フランスの作曲家です。舞曲のエキスパートです。日本でいえばつんく!!m(__)m
 「女学生」「スケートをする人々」「スペイン」などでお馴染ですね。

ヴァルヒャ, ヘルムート Walcha, Helmut 1907〜1991(人)

 ドイツのオルガン奏者で、チェンバロ奏者。盲目でした。16歳で失明したとか。この人の場合、演奏技能は元より、いわゆる偉業を成し遂げた親方的存在です。1939年、年一回の恒例となった、フランクフルトのバッハ演奏会を創設したのが、この人です。バッハの演奏に関しては、正にエキスパートでした。

ヴァレーズ, エドガー Varese, Edgar 1883〜1965(人)

 フランス人作曲家です。1915年に渡米しました。いわゆる現在の前衛音楽の先駆け的存在の人です。一種独特な作風を持ってます。最近、皆さんも、いわゆる普通のオーケストラではない編成の、奇抜な演奏形態を目にするかと思いますが、ああいったのを始めたのがこの人です。
 第一次大戦後に、13人の打楽器奏者による「イオニゼーション」という曲を発表して以来、こんな事してました。第二次大戦後には、電子音楽の先駆的存在となり、「砂漠」「ポエム・エレクトロニック」という作品を残してます。ところが、この人、まだまだ沢山作曲してるはずなんですが、何故か楽譜が残ってないんですよ。ああっ!!よかったっ!!オレよりずぼらな先輩がいて!!…って、そうぢゃないっ!!m(__)m
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  (2001年10月8日アップロード分)

ウィーうぃー(隊)

 え〜、久々の楽隊用語で何なんですが、いきなりごめんなさい。m(__)m「イーッス」と意味は同じです。
 ウィーッスとか、ウィースとも言います。本当にごめんなさい。m(__)m

ヴィエニアフスキ, ヘンリック Wieaniwski, Henryk 1835〜1880(人)

 ポーランドのヴァイオリン奏者で作曲家。ヴァイオリンは、達人でした。独特の運弓法を見いだし、後にフランス・ベルギー派に大きな影響を与えました。
 作曲家としての代表作は、やはりヴァイオリン協奏曲第二番ですね。これに尽きると思います。他にも、多数のヴァイオリンのための曲が残ってます。

ヴィエル vielle(仏)

 1)英語で「ハーディ・ガーディ」(hurdy-gurdy)と言います。9世紀頃から西ヨーロッパで使われている、擦弦楽器です。ちょっと琵琶っぽい胴に、何本か弦が張られてます。その内の一本か二本が、旋律弦になっていて、二本の場合は、両方で同じ音を出します。弓でこするのではなく、回転板に松やにを塗って音を出します。一見すると、ずんぐりむっくりなリュートって感じです。また、回転板は、張られた弦を横断するようになっていて、胴の先からにょきっとはえた、ハンドルをぐるぐる回して音を出します。ちょうど、琵琶みたいな大正琴、って感じかも知れません。
 2)12〜15世紀頃のヨーロッパの擦弦楽器で、ヴァイオリンみたいにあごで支えて弾きます。弦の数は3〜5本です。

ヴィオッティ, ジョヴァンニ・バッティスタ
Viotti, Giovanni Battista 1775〜1824(人)

 いや〜、単なる偶然なんでしょうかねえ?この人も、ヴィエニアフスキ同様、運弓法で有名な人です。本日二人目です。彼は、イタリアのヴァイオリン奏者で作曲家です。ここも一緒ですねえ。ヨーロッパ中で演奏旅行を展開したと同時に、なんと、ななななんと、ヴァイオリン協奏曲を29曲も作ってしまいました。正にヴァイオリン界のモーツァルト(ピアノ)って位の多作家です。彼が、彼の作品に採り入れたのが、「ヴィオッティ運弓法」です。

ヴィオラ viola(伊・英)

 1)ヴァイオリン属の中で、ヴァイオリンの次に高い音域を持つ楽器。大きさは、ヴァイオリンの次に小さいです。いつも通りにぶっちゃけますと、ヴァイオリンをちょっと大きくした形です。弦は、ヴァイオリンが、下からG・D・A・Eであるのに対し、この楽器は、C・G・D・Aとなってます。つまるところ、ヴァイオリンの五度下になってるわけです。音が低いだけではなく、音色がヴァイオリンとは違います。ヴィオラの方が、暖かみがある音色をしています。天才モーツァルトは、わざわざヴァイオリンよりも高い音域をヴィオラに弾かせて、音色の変化を狙ったりしてます。彼に限らず、たまにこれは見受けますね。って、オレもやってるし(^.^;) 一回やって味をしめると、中々病みつきになる、管弦楽法の裏技だったりします。
 2)ルネッサンス〜バロック期の、イタリアに於ける擦弦楽器の総称。ヴィオラなんちゃら、って、あれです。最終的には、「ヴィオラ・ダ・ガンバ」と「ヴィオラ・ダ・ブラッチョ」に大別されました。あ、ガンバはJ・リーグでお馴染ですね。そうです、「足」という意味です。ブラッチョは、腕という意味です。

ヴィオラ・ダ・ガンバ viola da gamba(伊)

 16〜18世紀頃のヨーロッパには、無くては成らない楽器。数多くのソロ曲が残っているほか、当時の合奏には、必要不可欠な存在でした。
 形はチェロに近く、ギターの様なフレットが付いてます。そして、弦の数は6本。下からD・G・C・E・A・Dというのが普通です。チェロの様に、お股に挟んで演奏します。本当に、いい音ですよ〜(^o^)

ヴィオラ・ダ・モーレ viola d'amore(伊)

 これも擦弦楽器です。17世紀にヨーロッパで大流行し、近代になっても、R・シュトラウスの「家庭交響曲」に登場したり、パウル・ヒンデミットの作品に登場したりしてます。あ、他にも使ってる近・現代の作曲家が何人もいます。それだけ魅力的な音を出す楽器なんですね。
 この楽器は、ヴァイオリンの様にあごで挟んで演奏します。ネックにはフレットが付いてません。一見すると、ヴァイオリンか?とか思ってしまいますが、違います。弦の数が多いです。7本の弦の他に、共鳴弦まで付いてます。だから、ふくよかな(?)音色なんですね。

ヴィオル属 viole(仏) viol(英)

 え〜、「ヴァイオリン属」でもちらっと出てきてましたが、擦弦楽器の総称です。16〜17世紀のヨーロッパの、主要な擦弦楽器をこう呼びます。トレブル(ソプラノ)、テノール、バスなど、色々な大きさのものがあります。前述のヴィオラ・ダ・なんちゃらたちもこの仲間です。
 後でやりますが、元来、ヴィオルは、スペインのビウェラから発達したものです。このビウェラを含めての特徴としては、裏板が平らになっている、フレットが付いている(ついてないものもあります)、弦が普通は6本である、などがあります。
 最初の内は、斜めにして弾いておりましたが、次第に大きい楽器が出てくる内に、胡弓の様に弾いたり、チェロの様に弾いたり…つまりはヒザとかイスに立てたり、お股に挟んだりして演奏するようになりました。
 ヴァイオリン属の登場で、その立場を取って代わられてしまったのですが、ヴィオラ・ダ・ガンバだけは、生き残りました。その後、ここから派生して、ヴィオラ・ダ・モーレや、バリトン等が作られました。

ヴィオロンチェロ violoncello(伊)

 チェロの事です。え?まだ懲りてないのかって?あ、そうでした、辞典でしたね、これ。ぢゃあ、ちゃんとやります。
 チェロの七面倒臭い呼び方…まだだめですか?あ、そうでしたね、佐々木の辞典でした。では行きます。チェロのイカした言い方。以上。

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(2001年10月9日アップロード分)

ヴィターリ, トンマーゾ・アントニオ
Vitali, Tommaso Antonio 1663〜1745(人)

 イタリアのヴァイオリン奏者で作曲家。父、ジョヴァンニも、ヴァイオリン奏者で作曲家。正に親子鷹。通奏低音つきのヴァイオリン用のソナタを始め、多くのヴァイオリン作品が残ってます。んで、シャコンヌを作曲したという説がありますが、まだ詳細は不明です。いつになったらはっきりするのっ!!

ヴィーデ vide(ラ)

 あまりこの形で見る事がない楽語です。「見ろ」という意味なんですけど、大体は「vi..............de」とか、「vi-----de」とか、はたまた「vi」が出てきて、しばらくして楽譜に「de」が出てくる、って感じの省略の表記があったりします。これ、音大生の頃に、そのまんま日本語で置き換えて遊んだりしてました。「見-------------ろ」って。

ヴィトリ, フィリップ・ド Vitry, Phillippe de 1291〜1361(人)

 フランスの作曲家で音楽理論家。「アルス・ノヴァ」という著書は、そのまま14世紀の一派を指す言葉になってしまいました。→アルス・ノヴァ

ヴィーナ vina(印)

 え〜、民族学とか言語学に詳しい方は、是非ご一報下さいませ。この言葉、数あるインドの言語の中の、どれに属するのか、私は存じ上げません。ただ、どんな物かは、分かっております。
 インドの民族楽器です。撥弦楽器、つまり弦をはじく楽器で、ツィター属に属します。ただ、とてつもなく形が特徴的なので、一見すると、ツィターの仲間には見えないかも知れません。琵琶を派手にして、棹にこぶをつけた、って感じの形です。それで、棹のところに付いているこぶ、これは何かというと、中が空洞になっている球体で、共鳴体の役割をします。
 古くは、インドでは弦楽器の総称として使われていた言葉でした。私がヴィーナとして紹介した前述の楽器ですが、現在そう呼ばれておりますが、正確には、北インドの楽器で、ビーンと呼ばれている、という事です。主要弦が4本、サイド弦が3本です。

ヴィブラート vibrato(伊)

 うまいととてつもなく良く、下手だと救いようの無いもの。え〜、「音を震わす」という事ですね。音程や音量を小刻みに変化させ、音をより魅力的にする技術の事です。
 こいつについては、もう下手だと本当に救いようが無いです。しつこいですかあ?(^.^;) それはおいといて\(^^\)、では実際どんな効果があるのでしょうか?まずは音が太めに、ふくよかに、いい感じになりますね。まあ皆さんここまではもうご存知かと思いますが、そしてもう一つ、とてもとても大切な事があるんですよ。
 ハイドンの管弦楽法、つまり楽器の使い方ですね、これが現在のオーケストラの音楽の基本となっておりまして、そのハイドンが、オーケストラを与えられるというとてつもない好条件の下で実験を繰り返し、オーケストラという物を作りました。その中で、とても重要なポイントの一つが、「弦楽器群」という考え方です。ハイドンが発案したわけではなく、それ以前からあった考え方なのですが、擦弦楽器の音色というのは、とてつもなく繊細ですよね。単体だと。これを大合奏で使おうとした時、一つのパートに何人もユニゾンで受け持たせるという事で、オーケストラの大黒柱を完成させました。では、例えば第1ヴァイオリンというパートが、そうですねえ、今の様に14人いたとして、全員が全く同じタイミングで、全く同じ音程で弾いたらどうなるでしょうか?…答えは、「何か変」です。
 つまり、微妙な音程やタイミングのずれが、音に広がりを持たせていたんですねえ。そしてその後、はっきりとしたデータは無いのですが、恐らくベートーヴェンの晩年の頃なのですが、弦楽器群全員がヴィブラートをかけ、これが更にずれを生じさせ、更に弦楽器群の音色を魅力的にしたのです。
 あ、ソロは別ですよ、あくまでも。ソロは、この話以前から、ちゃんと使う人は使ってましたから。それと、合唱にも同じ事が言えます。古くはヴィブラートをかけないで、ずっと歌ってました。集団演奏で幅広さを演出する、これもヴィブラートの絶大なる効果です。

ヴィブラフォン Vibraphone(英)

 一見すると、音盤が金属になったマリンバです。でも実際は違うんですよね。音盤の下に、パイプがあります。こいつのてっぺん、つまり音盤のすぐ下で、丸い板がぐるぐる回ってます。これで音にヴィブラートがかかるんですよ。そう、あおいでるって事ですね。つまり、電源スイッチとかコードとかがちゃんと付いてます。「ヴァイブラフォン」ともいいます。

ヴィラ, クラウディオ Villa, Claudio 1926〜(伊)

 イタリアの「カンツォーネの王様」と言われている歌手。18歳でデビューし、「ルーナ・ロッサ」という曲が大ヒットして以来、ずっと人気者です。「サン・レモ音楽祭」では、もう常連さんですね。

ヴィラネラ Villanella(伊)

 1)ナポリに起きた、16世紀の音楽で、多声声楽曲です。同時代の「マドリガル」(マドリガーレ)との対照的な言葉で、都会派である「マドリガル」に対し、田舎派が、これ。陽気なサウンドで、直訳すると、正に「村」です。特徴は、「平行五度」という、使うと実にうるさい禁則を積極的に使用し、底抜けな明るさを醸し出しております。
 2)近・現代の音楽では、度々曲のタイトルとして登場します。作曲者によって、何故か訳が変わるという大謎なタイトルです。根本的な意味は、田舎風の舞曲で、同じ旋律を、手を変え品を変えで繰り返す、というのが定番になってます。

ウィラールト, アードリアン Wilaert, Adrian 1480(?)か1490〜1562(人)

 フランドルの作曲家。え〜、歴史的にとても凄い人で、偉人さんの部類に入ります。ヴェネツィア楽派を開き、複合唱様式と器楽リチェルカーレを作り出しました。どんなに凄いかというと、…「複合様式」と「器楽リチェルカーレ」でやります。m(__)m
 お弟子さんも優秀で、ツァルリーノ、ローレ、A・ガブリエリがいます。ちなみに、エイドリアンはロッキーの奥さんであって、この人とは関係ありませんっ!!ここんとこ、引っかけでテストに出ますよ。…久々だなあ、このギャグ(^.^;)

ヴィラ=ロボス, エイトル Villa-Lobos, Heitor 1887〜1959(人)

 知る人ぞ知るブラジルの作曲家です。当初はピアニストとして活躍しました。その後フランスへ留学、印象派にちょっと傾倒してみて、その後は母国ブラジルのカラーの、野趣溢れる曲を描く様になりました。弾正の印象としては、ピアノやオーケストラの使い方が大胆で、丸でギターを掻き鳴らす様な感じがしますね。代表作は「ブラジル風のバッハ」とか、「ショーロス」とか、本当に挙げたら切りが無いです。近・現代の雄ですね。

ウィリアム・テル Guillaume Tell(仏)

 ロッシーニの四幕物のオペラ。序曲は、「俺達ひょうきん族」のテーマとして、もうお馴染ですよね。運動会の借り物競争といえば、何故かこれです。
 原作は、シラーの「ヴィルヘルム・テル」で、それをジュイとビスがフランス語で脚本化しました。1829年に、パリで初演されました。

ヴィルトゥオーゾ Virtuoso(伊)

 「名手」とか「巨匠」という意味で使われていますねえ。元々の意味は、「有徳」という意味で、卓越した技能や、専門的な知識を豊富に持ち、更に道徳観念に深い大人物、という意味でした。そして、バロック期から古典期にかけて、「ヴィルトゥオーゾ様式」というスタイルもありましたねえ。これ、コンチェルトなんかで使われるのですが、ソロが旋律を演奏し、後を追いかけるように、伴奏のオーケストラが派手に「ブラボー!!すげえよあんたっ!!」って喝さいするかの様に演奏するんですよ。はあ、いつになったらこう呼ばれるのか、オレ…しおしお

ヴィルレー virelai(仏)

 中世フランスの音楽や詩の形式。元来、舞曲風の様式を持っておりまして、独唱と合唱が交互に歌うのですが、ソロは色んな歌詞を、合唱はお決まりの歌詞を歌います。13世紀頃までは、単旋律のものでしたが、その後多声のものも作られるようになりました。

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(2001年10月10日アップロード分)

ウィーン音楽院
Hochschule fuer Musik und darstellende Kunst(独)

 1817年に創設された、とてつもなく有名な音楽学校です。え〜、オーストリアの有名な音楽家はほとんどここの出身です。名前を挙げたらキリがない…という事で、省略します。ごめんなさい。
 あ、そうそう、ここから先、「ウィーン」の付く言葉が多いです。最初なのでお断り致しますが、現地ではドイツ語なので、「ヴィーン」と発音するのが正しいのですが、これではお馴染が薄いと思い、この辞典では、ウィーンとさせて頂きます。

ウィーン奇想曲 Caprice Viennois(仏)

 クライスラー作曲の、ヴァイオリンのための小品で、op.2です。ウィーンをタイトルにするって、とてつもなく勇気がいる事です。本当に恐れ多い事です。でもこの曲、ウィーンの民謡を元にしているので、作品番号2番で名乗っても、若いクライスラーは全く何とも思わなかったでしょうね。正に裏技!!

ウィーン交響楽団 Wien Symphoniker(独)

 創立1900年で、2000年に100周年を迎え、とても盛り上がった事が記憶に新しいオーケストラです。ウィーンの為の交響楽団の設立という呼びかけに対し、政財界の著名人のバックアップで、ウィーン・コンサート協会が設立され、それがこのオーケストラの前身となりました。「大衆のための、適度な入場料による安定した人気ナンバーの供給」の旗印の下、この協会は所属者数があっという間に1000人を数えたといいます。
 当初の活動は、正にその言葉通りのもので、ブルックナーのお弟子さんの、フェルディナンド・レーヴェの熱心な協力もあり、「大衆のためのコンサートシリーズ」が開催されるようになり、このオーケストラの人気を不動のものにして行きました。また、これにより、それまでオーケストラとは無縁だった労働者階級までもが常連として取り込まれ、正に音楽の都、ウイーンの質の高さを更に上昇させる結果を生みました。
 1919年に、この協会のオーケストラが、現在の名前になり、精力的に活動を展開してきました。何と言っても、ブルックナーのコンサートシリーズで、世界的に有名です。このシリーズは、現在まで続いております。また、カラヤンを始め数々の名指揮者達も名を連ねている事でお分かりの通り、そのレベルは一流といえます。
 ここまでのお話で、ウイーン・フィルとの違いがかなりご理解頂けたかと思います。しかし、これだけでは無いんです。一般的にはあまり知られていない事ですが、もっともっと大きな違いがあります。それは、ウイーン・フィルをご参照下さい。
 さて、無意味に熱っぽく語っていると思うでしょう。実は個人的な思い入れがあったりするもんですから。我が師、田中正大氏が、ウィーンに留学した時の事です。師は、先立ってアメリカにもいらっしゃっていて、アメリカとウイーンで共通して今でも語って下さる事があります。かなり照れながらですが、「留学なんてそんなに意味はない。留学してみたら、アメリカでもウィーンでも、一番うまかった。」…これは誇大表現では無いんです。正にその通りだったのです。その証拠が、このオーケストラです。師が留学中、実は授業をする必要もなくうまかったため、このオーケストラに、第1ホルン奏者として出演なさっていました。これがどういう意味かお分かりでしょうか?そう、正に最もホルンがうまかったという意味です。ところが、オーディションを受けた所、カーテン審査だったそうでして、それにも関わらず審査員達が、師の演奏を聴いて大騒ぎになり、一体どんな人なのか是非見たいという事で、カーテンを上げてしまったという逸話が残ってます。結果は、日本人留学生だったために不合格だったそうですが、第1ホルンを演奏し続けた師は、とても素敵だと思います。ウィーンという都市は、それだけ当時は排他的で、外国人がこのオーケストラの団員になる等とは、言語道断だったのです。にも関わらず、エキストラとはいえ第1ホルンを演奏したというのは、とてつもない快挙でした。1980年代後半からは、ウイーン・フィル共々、外国人の入団には寛容になりましたが、その先駆けとなったとも言えるのではないでしょうか。

ウィーン国立歌劇場 Wien Staatsoper(独)

 もう何の説明もいらないでしょう。…とか言っていつも通り含蓄をたれるオレだったりします。世界で1・2を争う、とてつもなくハイ・レベルな公演が行われる歌劇場です。
 1869年に宮廷歌劇場として誕生しました。現在の名前になったのは、1918年です。その後、第二次世界大戦で、1945年に爆撃を受けてしまい、1955年に再建されました。
 歴代の指揮者は、お馴染もいいところで、マーラー、ヴァインガルトナー、R・シュトラウス等々。え?何でここでやめるのかって?実はですねえ、詳しくやっても、どうせすぐ後で同じこと書かなくちゃいけないんですよぉ。もうご存知の方も多いですよね。ウィーン・フィルは、ここの演奏家達のもう一つの姿なので、かぶってしまうんです。

ウィンザーの陽気な女房たち
Die Lustigen Weiber von Windsor(独)

 1849年に、ベルリンで初演された、ニコライの有名なオペラです。シェークスピアの戯曲が原作で、モーゼンタールが台本を書きました。

ウィーン少年合唱団 Wiener Saengerknaben(独)

 はい、もうお馴染の合唱団です。皆さんご存知ですよね。とてつもなく高度な技能を持った、少年たちによる合唱団です。そのハーモニーの美しさは万人の知るところでしょう。歴史は古く、創設が1498年です。歴代皇帝たちの庇護の元、第一次世界大戦までの間、引き続き運営されて来ましたが、その後は民営化されました。
 私が中学校の頃、そうです、まだ体重が42キロしかなかった頃ですが、モテモテでした…というのはおいといて\(^^\)、来日公演の時に、団員の一人が日本人の小学生の女の子と恋に落ち、遠距離恋愛を展開して話題を振りまいてくれたりしました。
 あまり知られていないのかも知れませんが、ハイドンもシューベルトも、ここの出身です。

ウインド・アンサンブル Wind Ensemble(英)

 え〜、皆さん、この言葉を『ブラスバンドの事』だと思ってませんか?実は若干違います。更に、皆さんが『ブラスバンド』と呼んでいるのは、ウインド・アンサンブルを指している事もあります。
 日本語では、ブラスバンドというと、英語で言うブラスバンドとは、編成自体異なってしまいます。でも、これについては『ブラスバンド』でやりますので、ここでは『ウインド・アンサンブル』の事をやります。
 我が管弦楽法の師、アルフレッド・リード博士と、指揮者のフレデリック・フェネル氏が共同で研究し、それまで様々な編成を持っていた『ブラスバンド』と一線を画すが如く、新たに作り上げた吹奏楽の編成が、『ウインド・アンサンブル』です。以下は、リード博士本人から聞いたお話を元にしております。
 新しく、シンフォニックな表現を吹奏楽に求めた結果、何とハイドンの管弦楽法を徹底的に研究する事から始まったそうです。その結果、ユニゾン楽器とそうでは無い楽器の二つに、吹奏楽の楽器を新たにカテゴリー分けしました。前者の殆どが、円錐形楽器、つまり、歌口からベルまでの間が徐々に広がる構造を持つ楽器で、後者が、円筒形楽器、つまり歌口からベルまでが直管の楽器に分けられました。只一つの例外が、クラリネットです。これは、その音色があまりにも融合に適していたが為、ヴァイオリン同様に、ユニゾン楽器という事にしたそうです。
 彼等二人の作り出したオリジナル編成は、日本で普通に行われているウインド・アンサンブルと比べると、ユーフォニウムではなく、バリトンが使われております。

ウィーンの森の物語
Geschichten aus dem Wiener Wald(独)

 ヨハン・シュトラウス二世のワルツで、op.325です。もう有名ですよね。1868年に作曲されました。序奏に、オーストリアの民族楽器、ツィターが使われています。本当にいい音ですよね。

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
Wiener Philharmoniker(独)

 え〜、ここに来るまで、散々何度も出てきました。でも、改めて含蓄をたれさせて頂きます。m(__)m
 1842年に、ウイーン国立歌劇場の前身の、宮廷歌劇場の管弦楽団が、「フィルハーモニッシェ・アカデミー」(Philharmonische Akademy)として発足しました。当時はハプスブルク家の帝政下、首都として栄え、その中で、管弦楽を楽しみたいという声が高まり、発足へと動いたと言われております。同年3月24日に、オットー・ニコライの指揮で、初めての演奏会が催されました。
 その後、1960年に、独立して現在の名前になりました。歴代の指揮者ですが、今度こそちゃんと書きますね。ニコライの後は、マーラー、ヴァインガルトナー、R・シュトラウス、ヴァルター(ワルター)、フルトヴェングラー、ベーム、カラヤンと続き、後はもう記憶に新しい人たちですね。バーンスタインとのカップリングはとてつもなく人気があります。私も大好きです。そして現在は、アバドが指揮をしています。
 ウィーン交響楽団で、このオーケストラとの違いという事で、少々お話ししましたが、大きく違う点は、まずウィーン・フィルの団員のお弟子さん以外は、1980年代半ばまで入団出来なかったという事が挙げられます。更に、ウィーンの市民である事も前提となっておりました。この背景にあるのが、この項目の別項で挙げられている、特殊な楽器にあるとも言えます。実際に、現在主流となっている楽器と両方を完ぺきに演奏しこなすのは、かなり至難の業といえます。二者択一といっていい程なんです。「ウィンナ〜」という独特の楽器を使う他、通常の楽器にもこだわりがあり、トランペットはロータリートランペットをしばしば使い、フルートは木製、1980年代までは、弦楽セクションは全てガット弦でした。
 さて、このオーケストラに関連した事物を、このオーケストラの項目で、まとめてご紹介致します。  1)アンサンブル・ウィーン=ベルリン(Ensemble Vien-Berlin <英>)
 ウィーン・フィルと、ウィーン交響楽団、そしてベルリン・フィルの首席奏者達による、正に夢の室内合奏団。室内楽といえば、常に一緒に演奏している人たちの合奏技能を堪能するというのが定番になっていますが、彼らは元よりオーケストラに於いて合奏の達人なので、違和感というものとは程遠い、世界最高の演奏をしてくれます。編成は木管五重奏で、1972年に、オーボエのシェレンベルガーのプロデュースで活動を開始、今でいえば、いわゆる「ユニット」です。その他のメンバーは、フルートがシュルツ、クラリネットがライスター、ファゴットがトゥルコヴィッチで、ホルンが二回入れ替わって、現在は3代目のドールになってます。ライスターによれば、ウインナホルンでは演奏不可能な作品も採り入れたい為、との事での交代だそうです。
 2)ウィーン弦楽四重奏団(The Vienna String Quartet<英>)
 ウィーン・フィルの弦楽セクションの各首席奏者による、弦楽四重奏団。歴史とともにメンバーも何度か入れ替わっております。印象深いのは、カラヤンの指揮でウィーン・フィルが来日したとき、ゲネプロで、当時のメンバー四人が、自分たちと関係ない部分を練習している時は、いつも手をつないでぶらぶらさせて、にこにこしていた記憶があります。そこまで普段から仲がいいわけで、演奏は正に圧巻です。何度聴いたでしょう?何度感動したでしょう?本当に凄いです。
 ちなみにこのほかに、ウィーン五重奏団とかウィーン八重奏団とかありますが、全部首席奏者の室内楽団なので、割愛させていただきます。

 3)ウインナ・オーボエ(vienna oboe)
 ウィーン・フィルで使っている楽器は特殊だというお話しをしました。ウインナ〜というのがそうです。まずアイウエオ順でのトップバッターは、オーボエです。普通のとどこがどう違うのかというと、本体上下に丸い膨らみがあります。そして、リードと本体は、コルクではなく、糸で接続します。音域は最低音が半音だけ高い、つまり狭いです。最高音は、1音低い、つまり狭いです。そして、ぱっとみため、キーが少ないですねえ。実際、少ないです。ただ、独特の甘くて柔らかい音がします。本当にうっとりするような音です。
 4)ウインナ・クラリネット(viennna clarinet)
 一言で言うと、太いです。このお陰で、独特な柔らかい、太い音が出るんですねえ。それとキーのメカニズムも違います。そして、あまり知られていませんが、2種類あります。ベーム式と、アカデミー式です。
 5)ウィンナ・ホルン(vienna horn)
 ヴァルヴでちょっとお話ししましたね。ウィーン独特のホルンです。特徴は、何と言ってもウィンナ・ヴァルヴです。これは、普通のロータリー・ヴァルヴの様に、左手の指で操作するレバーによって空気の流れを変えるメカニズムではありますが、構造的には大きく異なります。レバーにはバネが引っかけられており、ここで押したレバーが戻る様になってます。そして、レバーは、構えたとき身体側にあたる方へと曲がってます。ここまではロータリー・ヴァルヴと一緒。ここからが違います。レバーには、長い、ちょうど本体を縦断する様な棒が付いていて、これが枝管の先端につけられた、ヴァルヴにくっついてます。枝管の先端部分のヴァルヴは、ピストン・ヴァルヴの様になっておりますが、棒による構造の為、動き自体はトロンボーンのスライドに近いものになっております。そのため、非常に滑らかなスラーやポルタメントを可能にしている反面、押した後のヴァルヴの戻りが遅い為、速くて細かいパッセージが非常に難しくなっております。これが、前述のアンサンブルでのライスターの発言につながっています。
 その他にも、ベルに特徴がありますね。真鍮合金らしい色を帯びている中で、シルバーに輝くベルの表面のわっか。つまり最外周を一周しているわっかですが、これは「折り返し」でして、響き止めの役割をしています。ナチュラル・ホルンでも良く見かける構造ですね。素直な管体構造の為、非常に大音量が出てしまうので、こうなっております。普通のフレンチ・ホルンには無い様に見えますが、実はあります。ベルの最外周が丸くなっておりまして、中には銅線が一本入っております。そして、その銅線を超えた部分ですぐに切断しているのがフレンチ・ホルンのベルです。そのままある程度の面積を残しているのが、あの外周のわっかです。
 最大の特徴は、Fシングルという管による、素直な空気の流れがもたらす、ホルン本来の明るく、柔らかく、輝く様な、また感情移入しやすい音色にあります。Fシングルだとか、F管については、「ホルン」でやります。…ああっ!!すっきりしたっ!!やっぱ言いたいこと言えるの、最高っ!!(^o^)

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(2001年10月13日アップロード分)

うえ(隊)

 管楽器で、高音域声部、又は高音域奏者を指して言う。更にしばしば、第一奏者を指して言う。

ー吹き(うえーふき・隊) 高音域奏者の事。

ヴェクセル・ドミナンテ Wechseldominante(独)

 ドッペル・ドミナントの事です。ドッペルは、英語にすると、ダブル(double)って事です。つまり、ドミナントのそのまたドミナントっていう事です。ぢゃあドミナントって何だ?って事になりますが、それはそれ、佐々木の辞典ですから、当然「ドミナント」でやりますっ!!ごめんなさいっ!!
 この言い方は、あまり一般的ではないです。ドッペルの方が、意味がそのまんまで、直感的に捉えやすい、って事だと思います。ハ長調の中で、ソ・シ・レの和音の直前に来るレ・ファ#・ラって事にしといて下さい。後でネタが無くなって泣くのはこのオレです。助けると思って、ね、お願いしますよぉm(__)m

ヴェーダ veda(印)

 え〜、これも何語なのか分かりません。時代を考えると、パーリー語なのかなあ?それともサンスクリット?知ってる人はいますぐ教えて下さい。
 古代インドのバラモン教の教典の名前です。何故音楽辞典でこんな事やるかといいますと、実は、これが「歴史」という物を物語る上で、とても重要な意味を持つ「文献」なんですよ。紀元前に遡って、この時代までの音楽や、それを取り巻く色々な事が書かれていまして、そういった文化や風俗を残した、インドでは最古の文献です。そして、ヒンドゥー教の儀礼音楽として、この教典に端を発し、現在まで受け継がれている、正に音楽界のシーラカンス!!ぢゃあカブトガニは?って、どっちでもいいぢゃん、ギャグなんだし。

ヴェネツィア楽派 Venetian school(英)

 16世紀後半から、17世紀初頭にかけて、大活躍した一派です。ヴェネツィアの、サン・マルコ大聖堂を中心に活躍しました。あ、観光旅行なんかでお馴染だったりしますよね。この人たちって。作品はそれほど有名とまでは行かないですが。まあ、それはあくまでも、「日本では」って事でして、キリスト教国の多いヨーロッパでは、メジャーもいいところです。
 この辞典では既に登場しましたが、ウィラールトという人が先ず基礎を築き上げ、その弟子達によって継承されました。弟子の中の一人が、アンドレア・ガブリエリです。この人は有名ですよね。そしてその甥、ジョヴァンニ・ガブリエリ等に引き継がれて行きました。
 特徴は、単刀直入に言うと、絢爛豪華!!日本で言えば正に安土・桃山文化!!ってとこです。時代まで一緒ですよね。やはり人類って、どこかでつながってるっていうか、不思議な物を感じてしまいます。
 更に、複合唱、つまり複数の合唱隊の掛け合いや、また合唱によって繰り広げられる、無駄という言葉に果てしなく近い絢爛さを持った合唱を展開しました。こいつに関して言えば、正に中世末期のゴージャス!!マンボ!!…全然違うぢゃねえか(^.^;)
 曲想については、その後ドイツで盛んに採り入れられたという歴史もあります。つまり、タダの絢爛豪華ではなく、きっちりとした筋が一本通った、本当に素晴らしい文化でした。

ヴェネツィアの舟歌 Venetianisches Gondellied(独)

 直訳っ!!って感じですね。メンデルスゾーンのピアノのための「無言歌」の中の小曲の一つが、これ。といっても、3曲もあります。第一集の第六曲、それから第二集の第六曲、それから第三集の第五曲です。もう、どれがどれだかわかんねえよっ!!…って人は、聴いて下さい。逃げろっ |)≡サッ

ウェーバー, カール・マリア・フォン
Weber, Carl Maria von 1786〜1826(人)

 え〜、正しくは「ヴェーバー」と発音します。ドイツの作曲家です。この人も、私がわざわざ説明するのもおこがましいという気がする程有名ですね。
 ウェーバーといえばロマン派。ドイツ・ロマンティシズムの源流を思いっきり渡り歩いた、日本で言えば森鴎外(^.^;)
 実はこの人、中々複雑な家庭事情が御座いまして、お父さんの二番目の奥さんのご子息です。え〜、この人も中々濃いというか、くどいというか、はっきり言うと長い名前ですが、お父さんも中々です。フランツ・アントン…って、クリスチャンネームだろっ!!…失礼、普通でしたね。
 お父さんが劇団の座長だったので、旅から旅への生活ですくすくと育ちました。日本で言えば正にチビ玉!!いや、実際にはチビ玉の様に、出演したりはしておりませんで、モーツァルトよろしく、音楽教育を受け続け、13歳でピアニストとしてデビューしました。その傍ら作曲法を勉強し、1803年にウィーンでフォーグラーに弟子入りして本格的に作曲技法を勉強しました。翌年にはフォーグラーの推薦で、ブレスラウ歌劇場の学長となり、1806年に早々に辞職し、ヨーロッパ各地を転々としつつも大活躍しました。その後は皆さんもうお馴染の通りです。オペラといえばウェーバー、ウェーバーといえばオペラ。特に1826年に描いた「オベロン」は有名ですよね。
 ドイツ国民オペラの創設者にして、ドイツロマン派の雄、ウェーバーは、オベロンの初演を指揮した後、病床につき、2ヶ月後に息を引き取りました。

上原 六四郎 うえはら・ろくしろう 1848〜1913(人)

 物理学者にして、音楽の世界でも有名な人です。開成所で学んだ後、音楽取調掛や東京音楽学校、更に東京高等師範学校などで、音響学という学問を教えました。これは、弾正も音大で選択していた学問で、物理学と音楽両方って感じの学問ですね。音って何だ?とか音波の伝わり方だとか、後は音響ホールの設計についての学問です。
 こんなに昔から日本で本格的な教育をやっていたのは実に感慨深い物がありますが、彼の活躍はそれに留まりませんでした。ここまでこの辞典を読んでみると、文明開化の後の日本の「学問」としての音楽がいかにいい加減だったのか、とか思いがちになってしまうでしょう。それを見るに見かねた彼は、日本のそれまでの音楽を学問として研究しました。そして、琴古流尺八の楽譜を改善したり、1892年には、邦楽音階、つまり日本の音階を初めて科学的に研究した、「俗楽旋律考」という本を著しました。学者っていうより、もう「偉人」さんの仲間って感じですよね。偉いよなあ、本当に。

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(2001年10月14日アップロード分)

ウェーベルン, アントン
Webern, Anton Friedrich Wilhelm von 1883〜1945(人)

 オーストリアの作曲家です。正しくはアントン・フリードリッヒ・ヴィルヘルム・フォン・ヴェーベルンです。あ、発音の違いが項目との間でありますが、「ウェーベルン」でないと、誰だこれ?って事になるので違ってます。ドイツ語圏の人なので、正しくは「ヴェーベルン」です。
 クラシックの作曲家では珍しく、キャッチ・コピーのある人です。「ピアニッシモ、エスプレッシヴォの作曲家」です。そのコピー通り、繊細且つデリケートな(同じ?(^.^;))作品を残しました。ほとんどが小編成の合奏の為の小品です。ちなみに、シェーンベルクに1904年に弟子入りして以来、ずっと師弟関係は続いていました。その痕跡をいくつか見る事ができ、シェーンベルクが12音技法という作曲技法を創り上げた1921年以降は、同じようにこの技法を採り入れて作曲していたりします。
 代表作は「宗教的民謡による3つの歌曲」や、「6つのパガテル」等です。
 1945年といえば、もう皆さんご存知ですよね、そうです、第二次世界大戦が終わった年ですが、狙い澄ました様にこの世を去っているのにはわけがあります。アメリカ兵に誤射を受け、非業の最期を遂げました。実に残念です。もっとちゃんと狙って発砲して欲しいもんですよ。アフガンでも。(^.^;)
 これ以降、多くの作曲家が弾よけの特訓に励む様になり…あ、違いました、多くの作曲家が彼の影響を受け、「旋律」という「線」による音楽だけではなく、「音」という「点」の集合体として音楽を形成する彼の作曲手法は、私たち後輩に作曲の幅を与えてくれました。特に、戦後後に続いたシュトックハウゼンや、ブレーズといった一派は、「ポスト・ウェーベルン」と呼ばれる様式を1950年代に生み出しました。そしてこれは、セリー音楽や、電子音楽の基盤ともなりました。ありがとう、ウェーベルン!!

ヴェラチーニ, フランチェスコ・マリア
Veracini, Francesco Maria 1690〜1768(人)

 何だかお決まりのパターンと化してきましたが、この人、イタリア人で、ヴァイオリン奏者で作曲家です。本当にこのパターン、多いですよねえ。まあ、イタリアといえば、ヴァイオリンが生まれた国ですから、今で言えば作曲するのにピアノ使うだとか、ギター使うだとか、そういった所で、当時のイタリアだとやはりヴァイオリンって事になってしまうんでしょうね。
 この人は実に恵まれた環境に生まれ育ちまして、叔父さんが、名手アントニオでして、幼少の頃からしっかりと基礎を固めることが出来たわけです。その後は、ガスパリーニ等に師事しております。演奏活動は、ヨーロッパのほぼ全土で、遠くロンドンにまで行ってます。そして、ヴァイオリン曲の作曲の他にも、オペラや声楽曲などを残しております。

ヴェリズモ verismo(伊)

 19世紀後半のイタリア・オペラに見られる様式で、「写実主義」とか「現実主義」とか訳されてます。ぶっちゃけると、「ベタベタのコテコテ」…とはちょっと違いますが、いや、かなり違いますが、(^.^;) 恐らくここまでの解説では、弾正の「鳥の組曲」みたいに日常の音をそのまんまとかやるんだろうな…と思ってしまうでしょう。でも違います。これ、オペラの特殊な様式を指してまして、この「オペラ」ってのがミソです。
 単刀直入に言うと、現実的な「ストーリー」を描く、という事です。そして、音楽もかなり直接的です。つまり、見ていて「そうでしょう、そうそう」とついついうなずけてしまうような、現実社会をそのまんま描く、という事です。
 …今一つピンと来ないですか?では例を挙げましょう。レオンカヴァロの「道化師」とか、マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」が代表格です。もう分かりましたね。(^o^)
 この他にも、プッチーニだとか、ジョルダーノ等、当時のイタリアオペラ界の面々の作品の中にもあります。

ヴェルサイユ楽派 Versailles school(英)

 え〜、兵庫県を中心とした一派で現在再演で…ってちがああうっ!!全然違います!!
 17世紀末頃から18世紀前半にかけての頃、フランスのブルボン王朝の宮殿、って説明もいらないでしょうが、ヴェルサイユ宮殿を中心に活躍した音楽家たちの事を、こう呼びます。具体的には、もうお馴染の面々が顔を連ねてますが、クープラン、リュリ、マレー、ラモーを始めとする人たちです。
 実際には、このブルボン王朝に仕えていたわけですから、宮殿の名を冠した楽派になっているわけで、今で言えば正に国家公務員!!いいなあ…
 しかもこのブルボン王朝が素晴らしいです。あ、あくまでも彼らに対してという事です。音楽に関連するであろう全ての施設を宮中に備え、熱心に指導且つ協力したとかで、礼拝堂、室内楽団、音楽舞踊アカデミー、屋外奏楽隊等を備えていたとか。いいな、本当に。
 あ、そういった人たちの他にもですねえ、いわゆる「芸風」とか活動範囲が同じで、この楽派に入っている巨匠が一人おります。シャンバルティエです。
 しかし、こういった礎があってのヨーロッパ国家の文芸保護なんでしょうかねえ。裏を返せば、一介の音楽家たる私が、東宮御所で御前演奏できたというのは、日本だからこその出来事だったのかも知れません。どっちがいいのか…当然保護されたいっすよっ!!

ヴェルディ, ジュゼッペ
Verdi, Giuseppe Fortunio Francesco 1813〜1901(人)

 え〜、熱く語ってしまいそうです。正に弾正のツボ!!本当にこの人の作品、好きなんですよ、オレったら。
 正しくは、ジュゼッペ・フォルテュニオ・フランチェスコ・ヴェルディさんです。長いっ!!イタリアの作曲家です。作曲家だけに留まらず、近代イタリアの建国の雄としても有名です。
 イタリアの北部に、ブッセートという小さな都市がありまして、この近郊にロンコーレという村がありました。そこの貧しい宿屋のせがれとして生を受けました。子供の頃から音楽が好きで、ある日ベートーヴェンの交響曲を聴いて以来、傾倒してしまい、本格的にピアノを勉強しはじめます。…ううむぅ、誰かと似ている様な似ていない様な(^.^;)
 そして10歳で教会のオルガニストになってしまいます。…ううむぅ、ここからが全く違うんだよなあ(^.^;)
 その後は、彼の非凡な才能を認めた父の友人、バレッツィの後ろ盾で正式に音楽を習い始めます。そして18歳の時、ミラノの音楽院を受験しますが、不合格でした。…ここだけは勝ってる(^.^;)
 ところが、この後、完全にバネにしたと見えて、とてつもない快挙を成し遂げてしまいます。ミラノ・スカラ座に大胆にも楽譜を持ち込み、何と採用されてしまうんですよ。本当に凄いですよねえ。これが、オペラ「オベルト」です。その後はパッとせず、落胆の日々が続きましたが、当時のイタリアは、独立・建国運動の真っ只中で、そんな中、プロデューサーより手渡された脚本を自室で投げ捨てようとした瞬間、あの一行に目が留まります。そう、「行け,わが思いよ,金色の翼に乗って…」という部分です。それから、それまでスランプに陥っていた彼の脳は、超高速回転を始め、あっという間に代表作、オペラ「ナブッコ」が完成してしまいます。これで彼は大成功を収め、国民的英雄となったのです。「行け,わが思いよ,金色の翼に乗って」は、今でもイタリア建国の歌として、国民に広く愛唱されております。
 その後の彼は、正に飛ぶ鳥を落とす勢いに乗り、次々と傑作を輩出し続けます。「ロンバルディア人」「リゴレット」「トロヴァトーレ」「椿姫」そしてそして極め付けが、「アイーダ」です。この作品で音楽界の頂点に立った彼は、それに飽き足らず、更に傑作を輩出し続けます。
 アイーダの翌年、1874年には、弾正の大好きな「レクイエム」、その後「オテロ」「ファルスタッフ」と続きます。
 実はですねえ、まだまだ他にも沢山名曲があるんですよ。「運命の力」とか、色々。でも、辞典だし、彼の事ばかりやってるのも何ですので、これくらいにしておきます。何か機会があれば、また熱く語らせて頂きます。
 さて、作品が何だのというよりは、どういう作品なのか?という事の方が問題でしょう。彼の作品のいい所は沢山あると思いますよ。でも、作曲家としてここはこう、って事を言わせてもらうと、何と言ってもですねえ、万人に親しまれる旋律を作れてしまった人、って事に尽きると思うんですよ。どことなく懐かしさを帯びた彼の世界、本当に、身の上から始まり、どうしても他人とは思えないんですよ。あ、ちなみに、宿屋って文化についてですが、レストランと宿屋って、一緒になってる事がヨーロッパでは多いです。中国もそうですよね。なんちゃら飯店って。はあ、オレも頑張らないと。身の上が似てるっていっても、10歳位までだからなあ。しおしお

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(2001年10月15日アップロード分)

ウォーカー, ティー・ボーン Walker, T-bone 1910〜1975(人)

 アメリカのギタリスト。ギタリストの宝庫、テキサスの出身で、「モダン・ブルースの父」と呼ばれております。アーバン・ブルース(都会のブルース)といえば、彼を於いて他にない位のカリスマ的な人です。都会と銘打っただけあって、実に洗練されたサウンドの中で、エレキギターで泣かせてくれます。この「アーバン・ブルース」というスタイルは、彼によって確立された物ですが、エレキギターで、シングルライン、つまり単旋律を奏でるスタイルを含めて呼ぶもので、彼に影響を受けたギタリストは、相当数に昇ります。

ヴォカリーズ vocalise(仏)

 1)母音唱法の事。旋律を歌う時に、音名とか、階名とか、更に忘れちゃいけない、歌詞なんかを歌わないで、あ〜あ〜あ〜、とかう〜う〜う〜とか、母音だけで歌うって事です。
 2)母音唱法の為に書かれた曲の事。そうです、最もお馴染なのが「大岡越前のテーマ」です。
 3)セルゲイ・ラフマニノフ作曲の歌曲で、op.34-14です。その名の通り、母音唱法の為に描かれた曲です。ロマンティックで美しいこの曲は、もうお馴染ですね。
 4)Vocalese(英)として:ヴォーカル・グループのマンハッタン・トランスファー(Manhattan Transfer)の1985年にリリースしたアルバムの名前。ご機嫌サウンドが揃ってます。弾正もよく聴きましたよ、これ。「Killer Joe」とか、「Airegin」(ナイジェリアの逆さ言葉)とか、お元気サウンドも去ることながら、バリバリのテクニックも披露してくれます。

ヴォーカル vocal(英)

 1)歌謡曲等で、歌の声部、又は歌手を指していう言葉。
 2)同じく歌謡曲等で、バック・コーラスと区別して、ソロ・パートや、ソロ・カルテット等を指していう言葉。特にソロ・パートは、「リード・ヴォーカル」ともいう。

ヴォーカル・スコア vocal score(英)

 オペラやオラトリオ等、大合奏と大合唱、歌唱声部などが混在した曲で、その合唱や歌唱声部の演奏家が、練習の時等に使う為に、合奏部分を簡略化して作った総譜(スコア)の事。しばしば管楽器がピアノに置き換えられたり、オーケストラ全てがピアノに置き換えられたりする。

うおっ!! うおっ(作)

 1)作曲家が締め切り前に、イライラしながらも間違えに気付いた時に、間に合ったという歓喜を込めて叫ぶ言葉。
凡例:作「ここはBーdurだからナチュラルいるだろ、そんで小節内だから、…うおっ!!フラット付けるの忘れてた。間に合ってよかった。(^.^;)
 2)作曲家が締め切り前に、してはいけない間違いを間一髪で回避した瞬間に、半ば興奮しつつ発する言葉。
凡例:作「ここはB−durだからナチュラルいるだろ、そんで小節内だから、…うおっ!!フラットなのにシャープ書くとこだった。間に合ってよかった。(^.^;)

ヴォツェック Wozzeck(独)

 近・現代音楽の雄、アルバン・ベルクのオペラのタイトル。何せ暗い。本当に暗い。私、見たこともあれば、演奏したこともあります。本当に暗いです。もう、背中がずっしり重くなって、憂うつな気分が抜けきれなくなった程、暗いです。
 まあ、何故そんなに暗いのかと申しますと、ストーリー自体が暗いんですよ。だから、仕方がないです。
 理髪師上がりの兵士、ヴォツェックが、鼓手長に誘惑された自分の妻を殺し、更に自分も錯乱してしまい死ぬ、というストーリーです。
 ビュヒナーが1836年に書いたこの戯曲を、ベルクが自らドイツ語訳して台本を作り作曲しました。1925年にベルリンで初演されました。

ヴォードヴィル vaudeville(仏)

 1)ぶっちゃけて言うと、寄席って事になります。ぶっちゃけ過ぎましたかあ?ごめんなさい。まあ、小さな劇場で色々な事をやる興行の事ですね。でも音楽辞典でやるからには、それなりのわけが御座います。実はこれ、音楽から始まったんですよ。
 2)というわけで、ぶっちゃけずに事の発端を解説しますと、時は16世紀フランス、宮廷・教会等、上流社会の文化華やかなりし頃、大衆に広く親しまれる興行が出来ました。それがこれ、ヴォードヴィルです。当時の上流社会で、多旋律による様式の音楽が主流でした。当初は、独唱や二重唱を中心とした多声歌唱や、それにリュートやチェンバロの伴奏を伴なったものが主流で、叙情的な、あるいは恋愛物なんかの歌が歌われておりました。この頃のものを、特に「エール・ド・クール」(air de cour=宮廷歌曲)とも呼びます。その内、大衆文化としてのカラーが更に強まり、いわゆる歌、もしくは旋律と和音による伴奏の音楽が流行し、つまりは単純明快な音楽って事ですね、それで、風刺する替え歌だとか、色恋沙汰なんかの歌を興行として親しむ様になりました。現在では、16〜18世紀フランスのこういった文化を指して、ヴォードヴィルと呼びます。18世紀後半には、オペラ・コミックに採り入れられ、更に開花しました。
 3)19世紀になると、大衆歌謡を色々な芸の間に挟んだ喜劇をこう呼ぶ様になりました。そしてその後、現在に至るまで、これらの他に、特にアメリカで、歌や踊り、寸劇、手品などの色物、そういった物を組み合わせたショーを、こう呼んでおります。

ヴォランタリー voluntary(英)

 直訳すると、「自発的に」という意味です。16世紀中ごろに誕生した、イギリスの国教会の礼拝の前に、オルガンで演奏される曲の事。どうも起源は、即興演奏だったらしいです。それらしく、形式等も特になく、比較的自由な演奏でした。その後、礼拝の前とか途中とか、後とか、とにかくキリのいいところに演奏されるオルガンの曲を指す様になりました。これをわざわざトランペットでやりましたっ!!というのが、ファッシュ作曲の「トランペット・ヴォランタリー」という曲です。

ヴォルティ・スビト volti subito(伊)

 全国1000万譜めくリストの皆さん、お待たせいたしました。…って、そんなにいるかよぉ(^.^;)
 皆さん、この言葉、何だか分かりますか?多分ご存知ないと思います。では、「V.S.」って見たことありませんか?そうです、この言葉の略だったんですよね。鍵盤楽器だとか、音盤楽器等、はたまた両手で演奏せざるを得ない両手がふさがってどうしようもない楽器、つまりほとんどの楽器の楽譜の右下の隅に、こう書いてある事があります。更に、自分で書き込んだりします。意味は…「速くページめくれっ!!ぼけっ!!間に合わねえだろがっ!!」という意味です。これでまた一つ、含蓄が増えましたね。よかったよかった。

ヴォルフ, フーゴ Wolf, Hugo 1860〜1903(人)

 オーストリアの作曲家です。え〜、近代の人なので、中々難しいかも知れませんが、いつか映画化されるのではないかと思われます。と、思ってしまうほど、波乱万丈な人生を歩んだ人です。
 音楽好きな皮革商の父に、幼少の頃からピアノを初めとする音楽を習いまして、15歳で、ウィーン音楽院に入学します。ところが2年後、音楽ではなく、学課不勉強、つまり成績も悪く、全くやる気が見られないという理由で、退学になってしまいます。そしてその頃、父が破産してしまい、どん底の人生へと足を踏み入れてしまいます。とりあえずやる事もなく、貧乏しながらも独学しながら、ヴァーグナーの作品に傾倒して行き、文学を愛読しておりました。そして、20歳でザルツブルクの劇場の副指揮者として就職しますが、そこもたった三ヶ月で免職になってしまいます。そして、1884〜1887年、ウィーンの週刊紙、「ウィーン・サロン新聞」の音楽評論欄を受け持ちます。ここで、ブラームスを批判しながら、ヴァーグナーやブルックナーを弁護する記事を展開しつつ、本格的な作曲活動に入ります。これでようやく日の目を見る事になるのですが、だがしかし、そうは行かないのが彼の凄いところ(?)で、1890年に強度の神経衰弱を発病してしまい、活動を休止してしまいます。回復後、今度こそ幸せになるんだと胸に…多分誓っていたと思いますが、歌曲やオペラを描き、旅行もする様になった矢先、1897年にまたまた精神病で入院し、翌年の秋、突然発狂してウィーンの精神病院に収容され、五年後に非業の死を遂げました。
 不幸を地で行く様な人生を送った彼ですが、彼の作品は、とても素晴らしいです。歌曲が主で、300曲前後残ってます。シューマンからの伝統を受け継ぎ、言葉の抑揚やリズムを重視した「シュプレッヒザンゲ」という技法を用いたりしました。彼の作品は、歌だけではなく、ピアノ伴奏にまで歌謡性を持たせており、「ロマン派のドイツ歌曲の極地」と謳われております。
 代表作は、オペラ「お代官様」、メーリケ歌曲集、アイヒェンドルフ歌曲集、ゲーテ歌曲集、交響詩「ペンテジレーア」等です。

ヴォルフ=フェラーリ, エルマンノ Wolf-Ferrari, Ermanno 1876〜1948(人)

 え〜、地名に疎いあなた、方向音痴なあなた、頑張ってついてきて下さい。イタリアの作曲家です。父はドイツ人の著名な画家、母はイタリア人です。さあ、行きますよぉ、いいですかぁ?ローマとミュンヘンで音楽を学び、生地ヴィネツィアや、ドイツのミュンヘン、ドレスデン、ベルリン等でオペラ作曲家として活躍しました。う〜ん、どうも今一つパッと来ないなあ、とお嘆きのあなた、はいっ、いつも通り、一言で誰だか分からせてあげます。
 オペラ「マドンナの宝石」と「スザンナの秘密」を作った人です。やっと分かりましたかぁ?(^o^) 実はですね、彼が指揮したミラノ放送管弦楽団&合唱団の演奏が残っているらしいです。輸入盤情報で見かけた方は、ご一報下さい。私用の呼びかけも絶好調!!(^o^)

ヴォーン・ウィリアムズ, ラルフ
Vaughan Williams, Ralf 1872〜1958(人)

 イギリスの作曲家です。皆さん、「第九の呪い」ってご存知ですか?はい、ベートーヴェン以来、作曲家が交響曲第九番を作曲すると死んでしまうという、アレです。これが嫌で、マーラーは順番狂わせてまで避けました。あ、ちなみにですね、マーラーもそうですが、ショスタコーヴィッチがあっさりと10番以降を作曲し続け、迷信だって分かりました。ははは…でもこの人、ヴォーン・ウィリアムズはきっちり9曲です。
 王立音楽大学で音楽を勉強した他、何とケンブリッジ大学で、もったいない事に音楽を勉強しました。その後、大陸へ渡り、ベルリンでブルッフに、パリでラヴェルに師事しました。イギリス民族音楽を研究した成果が作品に表れてますよね。特に交響曲第二番「ロンドン」は有名です。

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(2001年10月17日アップロード分)

ウクレレ ukulele(英?)

 え〜、英語というのも強引な気がします。(^.^;) ハワイ語ですね。結局は。飛び跳ねるノミという意味です。もうご存知でしょうが、楽器の名前です。ギター属に類します。基本的な物は4弦です。でも案外知られていませんが、色々種類があります。6弦、8弦、10弦ですが、え?どうやって押さえるんだ?と大謎になってしまいます。12弦ギターは、押さえる事で音が出るので、両手で弾きますが、ウクレレはアコースティックなのでそうは行きません。実は、複弦といって、指一本で2本の弦を押さえる構造をしているので、大丈夫です。
 更に、普通にウクレレとして認識されているのが、ソプラノで、その他テナー、コンサート、バリトンという種類にも分かれます。
 ハワイアンといえばこれ。これに尽きます。1999年に、ザ・ドリフターズの高木ブー氏によってリバイバルブームを起こし、現在にまで長い人気を誇っております。特徴としては、運指が簡単なことがあげられ、初心者に優しいというところから、火が点いたっきり、収まらなくなってしまってます。いいことですよ。本当に一音楽家として、嬉しいかぎりです。
 さて、最初に言葉の意味を解説しましたが、何でこんな物が生まれたのか、謎ですよねえ。まだ断定的な事が言えない段階ではありますが、恐らく小型のギターが進化した物と思われております。
 紀元前1000年頃に、ポルトガルの…え〜…地図でいえば左下…ってことは、あ、南西って事ですね、というより、アフリカの北西といった方がいいかもしれませんが、ポルトガル領なので、こんな面倒な説明に…続けましょう(^.^;) マデイラ島という所で、ポルトガル人により、小型ギターの「ブラギーニア(Braguinha) 」が作られました。これを、「マチェーテ・ド・ブラガ(machete de braga)」とも呼びます。その後、この辺りからはもうはっきりしていますが、1879年に、このマデイラ島から移住してきたポルトガル人が、ハワイにこれを持ち込んだのが始まりだという事です。マニュエル・ヌネス、オーグスト・ディアス、ホセ・エスピリト・サントが、ウクレレの発明者だといわれております。

ウゴウゴ・ルーガ うごうご・るーが(隊)

 某民放のテレビ番組のタイトルとして有名ですね。これ、実は業界用語です。そして、業界用語の母体となっているのが、というか、ほとんど同じなのが、楽隊用語です。意味は、「イケイケの姉ちゃん」です。あの子供番組(?)のタイトルバックで、何でボディコンのぴちぴちの姉ちゃんが歩いていたのか、ようやくわかりましたかぁ?(^o^) よかったですねえ。(^o^)

うたい(日)

 能の、歌と台詞から成る詞章、または声楽。って、辞典みたいぢゃないかっ!!(・O・; 辞典だったんだ(^.^;)
 能特有の音楽的法則性を持ち、そのほとんどが、四拍子の伴奏により演じられます。実際に聴けば、「これが能だっ!!」って感じてしまいます。
 実はですねえ、この「謡」自体、もうとてつもない番数がございまして、非常に人気があった物でもありますが、更にその上、後世に続いた文芸に、大きな影響を及ぼしております。
 音楽的にこれを解説するときには、「謡」と呼び、文学的に解説するときには、「謡曲」と呼びます。

歌科 うたか(隊)

 音楽を専門に教えている学部・学課や、各教育機関の学生で、声楽を専門として選択している学生の総称、または「声楽科」の別称。以下の凡例の通り、しばしば、いや非常によく、いやいや、とてつもなく日常的に用いられる。
凡例:「おおっ!!チーキョク・ワイカ・ルーモっ!!…でも、何かなあ…」「デーハー・チーキョク。うるせえっ!!」「あ、あのルーモ、歌科だったわ。」「やっぱしね。」
対訳:「非常に美形で可愛い女の子です。でもどこかおかしいです。」「とても派手で、声が大きすぎてうるさいです。」「ああ、あの女の子は声楽科の学生です。」「やはりそうですか。」

歌口 mouthpiece(英)

 管楽器の吹き込み口の事です。マウスピースって言った方が分かりやすいですよね。一般的な呼び方が「マウスピース」なので、「マウスピース」で詳しくやります。m(__)m

歌沢節 うたざわぶし(日)

 三味線の種目名です。江戸末期に「端唄」という小編の歌曲から分岐し、歌沢笹丸(ささまる)を中心に、この流派が生まれました。三味線を習ったり、よくご存知の方にはお馴染ですが、(つまりお馴染ぢゃないって事?(^.^;))寅派(歌沢)と芝派(哥沢)の二つがあります。

歌の翼に Auf Fluegeln des Gesanges(独)

 メンデルスゾーンの代表的な歌曲の中の一つで、非常に高い人気を誇っているのがこの歌。1834年に作曲されました。ハイネの詩によるもので、理想郷の美を歌ってます。

歌伴 うたばん(隊・作)

 1)楽隊用語で、「歌曲の伴奏」という意味。尚、これにはオペラやオペレッタ、またそれらのガラ・コンサート等も含まれる。器楽の演奏家にとっては、歌が入らない事が日常的なので、それらと区別して、「仕事」の種類として、この言葉が用いられる。
 2)ピアノ奏者が、歌の伴奏を受け持つ時に、特に使われる言葉。
 3)(作)として:歌曲の伴奏を作曲したり、編曲したりすること。これに対して、演劇やドラマ、アニメ、映画等のBGMを作曲する事を、「劇伴」という。

歌披講 うたひこう(日)

 本当に誰でも知っているのに、全く名前が知られていないのが、これ。何だかわかりますか?わからないでしょう。実はこれ、和歌を詠む時の旋律の事なんです。現在も、宮中歌会始で、公式な旋律として使われております。また、宮中歌会始では、古式にのっとり、読師(どくじ)、講師(こうじ)、発声(はっせい)、講頌(こうしょう)の各役により、演じられております。

(2001年10月18日アップロード分)

美しい五月に Im wunderschoenen Monat Mai(独)

 シューマンの連作歌曲、「詩人の恋」の第一曲です。「詩人の恋」は、全16曲から成り、第一曲目のこの曲は、数ある歌曲中でも比類ないと言われるほど美しい旋律で描かれています。詩は、ハイネです。ちなみに、「wunder…」は、和訳される時には、通常「うるわしくも美しい」となります。あ、今更ながら申し上げますが、この辞典では、ドイツ語を始めとする、英語には無い文字を、全て英語表記致しております。ご了承下さい。それで、「wuder」は、英語だと「wonder」です。そして、「shoen」が「美しい」です。つまり、ワンダフルで美しい、という意味です。内容は、そんな素晴らしい五月に僕の中に恋が芽生えた、というものです。1840年の作品です。

美しい水車小屋の娘 Die schoenen Muellerin(独)

 シューベルトの連作歌曲で、全20曲です。1823年に作曲されました。詩はミュラーで、水車小屋で働く粉ひき職人の青年が、さすらいの旅に出て、水車小屋で美しい娘に出会い恋に落ちるが、その娘は狩人に心を奪われ、青年は最後に自ら小川に身を投げ自殺する、という物です。

美しいパースの娘 La Jolie fille de Perth(仏)

 ビゼーの四幕物のオペラ。とはいえ、ほとんど上演されてません。でも知名度は抜群ですよね。「美しいパースの娘組曲」とか、「美しいパースの娘より」とか、本当にかわいそうなオペラだといえるでしょう。有名なのに、何故やらないんでしょうねえ(^.^;) あ、ちなみに原作はスコットの小説です。

美しく青きドナウ An der schoenen blauen Donau(独)

 ご存知、ヨハン・シュトラウス二世の名曲です。1867年の作品です。ウィーン少年合唱団といえばこれ。この曲ですね。そういえば、大体の人が、管弦楽が先で合唱が後だと思っているらしいですが、本当は合唱が先に作曲されました。ゲルネルトの詩に曲を付けたのが最初です。
 (・O・; 忘れてましたっ!!これを楽隊用語で変な呼び方します。今からアップします。ここをクリックして下さい。いかんなあ、忘れちゃあ(^.^;)

ウッド・ブロック wood block(英)

 いわゆる、洋式の木魚、ですか?(^.^;) 打楽器です。通常は、円筒の両わきが開いている物を、金属のグリップの先に二つ付け、それをマレットかスティックで叩く物を連想しますね。正解です。ところが、軽音楽とか歌謡曲等でお馴染かも知れませんが、デンと置いて叩く物や、ドラムセットにくっつけて叩く物もあり、それらはしばしば一個だけだったりします。一個ではない場合は、大きさの違うものを並べて置いて叩きます。
 最初に解説した2つで一組の方は、「ボケ」の音作りで、もうお世話になりっぱなしです。ありがとう、ウッド・ブロック!!君は笑いには無くてはならない存在だよっ!!

ウード 'ud(ア)

 アラビア音楽といえば、これです。撥弦楽器です。え〜、リュートの元になったと言われております。遠回しに、ギターの先祖って事ですかねえ?ちなみに、指ではなく、鷲の羽根の根元ではじきます。ネックにはフレットがありません。そして特徴的なのが、先っぽの部分。ネックの先には、チューニングする部分がありますが、それがくねっと曲がってまして…って、つまりフレットがないリュートぢゃんっ!!みたいな形です。これがですねえ、単純に楽器としてどうこうというだけではなく、音楽理論の実験や実践をする楽器として、とてつもなく頻繁に用いられました。ちなみに、あまりに古くからあるために、弦の数なんかは全く大謎だったりします。ただ、現在使われているのは、5弦の複弦で、10本というのが多いです。

ウナ・コルダ una corda(伊)

 はい、久し振りの楽語ですねえ。(^.^;) これ、何の辞典だったんでしょうか?(^.^;)
 ピアノで、「弱音ペダル踏んでねっ(^o^)」という意味で使われます。UCって書きますが、クレジットカードの事ぢゃないですよっ!!ここ、引っかけでよくテストに出ます。間違うと15点減点ですっ!!
 え〜、一番左が通常これが書いてある時に踏むペダルです。これが、中・高音域では3本、低音域では1〜2本の弦を、一つの鍵盤を弾く事でハンマーがノック、つまり叩くわけですが、その本数を減らすためのペダルです。この他に、真ん中にアップライトではミュート・ペダルがある事がありますが、これは、弦にパフっとクロスなんかをくっつけて響き止めしたり、または他のメカニズムで響き止めをするので、根本的に音色も音質も全く違います。あ、グランドピアノの場合はソステヌートペダルというペダルです。DTMではお馴染のメカニズムですね。ここまでの詳しいお話は、「ペダル」でやります。m(__)m
 この指示があった時は、3つペダルのあるアップライトピアノでは、一番左を踏みましょう。そうしないと、作曲者のイメージした音にはなりません。というのも、音を小さくしろ、という意味だけではなく、繊細な音色で弾け、という意味が込められているからなんです。むしろ後者の方が比率として、私の場合は大きいです。
 この言葉本来の意味も、「ウナ」はイタリア語で「1」で、「コルダ」は「弦」です。つまり、「1弦で」という意味なので、元々の意味は「弱音ペダルを踏め」という意味ではありません。あ、それから、これがテストに出て、「ウナ、これだ」って書いたら、32点減点ですっ!!(大謎)

La Mer(仏)

 実はですねえ、これを解説するの、本当に嫌なんですよぉ(^.^;) 敵を何人作ってしまうかと思うとぞっとしてしまいます。
 ドビュッシーの交響詩で、サブタイトルが「三つの交響的スケッチ」です。「海の夜明けから真昼まで」「波の戯れ」「風と海との対話」の三曲から構成されております。
 昔は、北斎の富嶽三十六景の「神奈川沖浪裏」をスケッチした、と言われてました。でも、聴いても私たち日本人は、大謎なだけなんですよね。それで、評論家や音楽家が、揃ってドビュッシーの弁護に回り、実は彼のイマジネーションの中での「海」を描いたんだ、ということに、いつの間にかなってしまいました。また、ドビュッシーが、「水」をライフワークにしていたのも手伝い、全てが闇雲にされようとしています。
 とりあえず、曲を聴いて下さい。といっても、ご存知の方も多いかと思います。この辞典を読む事自体、知っている方の方が多いでしょうね。
 聴いた感じは、神奈川沖浪裏という印象は、ほとんどの方が受けないでしょう。ところが、一つの楽曲として見た場合、これは傑作以外の何物でもありません。本当に名曲です。どれくらい名曲かというと、当時ドビュッシーは、離婚後に再婚してゴシップの主役となっており、世間からはもう名曲が書けなくなった金持ちだとののしられておりましたが、この曲の発表により、全てを払拭してしまったという逸話が残っている程なんです。あ、ちなみに誤解の無い様に申し上げますが、私はこの曲、好きです。本当です。

ヴュータン, アンリ Vieuxtemps, Henri 1820〜1881(人)

 近代フランス・ヴァイオリン楽派の指導者の一人で、作曲家でヴァイオリン奏者です。でもベルギーの人です。作曲に関しては、ライヒャのお弟子さんです。
 しばらく演奏活動でヨーロッパ各地を飛び回った後、1846年よりペテルブルグ音楽院で、その後1871〜1873年にはブリュッセル音楽院で教授をなさってました。そして作品は、ヴァイオリン協奏曲が6曲。その他ヴァイオリンの小品などです。

裏間 うらま(日)

 邦楽の言葉です。ちょっと説明しづらいです。でも頑張ります。
 1拍子で、1拍を二分割した、後の方が、これです。頭が「表間」(おもてま)です。「間」(ま)って事で、ニュアンスをつかんで頂けるとよろしいかと思います。

売られた花嫁 The Bartered Bride(英)

 スメタナの三幕物のオペラのタイトルです。19世紀半ばの、ボヘミアの農村を舞台にした喜歌劇です。近年、ビデオクリップが登場したのを覚えておりますが、どこでどうして販売されているのかは全く分からなくなってしまいました。もしご存知の方がいらっしゃったら、ご一報下さい。
 チェコ語の台本で作られております。サビナという人が書いた台本だそうです。

上調子 うわぢょうし(日)

 三味線音楽の用語です。よく耳にすると思いますが、元の旋律の1オクターヴ上を演奏する事を指して言います。案外知られていませんが、この演奏法(?)の為に、ギターでいう「カポ」にあたる、「枷」(かせ)という道具を使ったりします。

運弓法 うんきゅうほう(日)

 以前に解説した「上げ弓」を始めとする、擦弦楽器の演奏法の一つで、弓を使った物の総称ですが、「上げ弓」同様、現場では言わない言葉です。現場では、「ボーイング」(bowing)です。詳しくは、「ボーイング」でやります。
 あ、ちなみにですねえ、テストで(今日はこのパターンばっかだなあ(^.^;))「公的交通機関の運行休止及び停止に関する法律」って答えたら…って、そんなのねえよっ!!

運命 うんめい(日)

 はいっ!そうです、ジャジャジャジャーン♪という、お馴染の曲です。ベートーヴェン作曲交響曲第五番の、日本での愛称です。これ、日本のレコード会社が付けただけで、実は「運命」って呼んでるのは日本だけです。…って、もう結構有名な話ですよね。
 では何故こんな愛称が付いているのでしょうか?まあ、皆さんは、「弟子のシントラーに最初の主題の事を尋ねられたベートーヴェンが、運命がこの様に扉を叩くのだ、と語ったから」と答えてしまうでしょう。それでも正解です。でも、完全に正解とは言い切れません。では完全な正解とは何でしょう?…
 ではお答えします。「その逸話を利用してレコード会社がプロモーションをかけて儲けようとしたから」です。お粗末さまでした。

運命の歌 Schicksalslied(独)

 ブラームスの混声合唱曲で、管弦楽による伴奏の作品です。1871年の作曲で、ヘルダーリンの詩によります。え〜、内容はですね、穏やかな天界を描写した後に、人間界の人間の運命の無情さを歌うという、正にドイツの「祇園精舎の鐘の音諸行無常の響きあり」…ってなが〜いっ!!タイトルを言えっ!!タイトルを!!m(__)mぺこっ

運命の力 La Forza del destino(伊)

 もう、直訳っ!!って感じですね。(^.^;) ヴェルディ作曲の四幕物のオペラのタイトルです。1862年にペテルブルグで初演されました。ピアーヴェの台本で、18世紀スペインの、騎士の生活を描いた悲劇です。その初演は大成功だったにも関わらず、当のヴェルディがどうしても納得行かずに、後に改訂を施しております。このオペラの序曲も絶大なる人気を誇り、アリア同様、しばしば演奏会で演奏されてます。

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