ホーム弾正部屋日記/this page

9月の一言:9月とかけまして、行列の出来る店と解きます。
そのこころは?(^3^) 中々空き(秋)が来ないでしょう。桂歌○ですm(_ _)mピカッ

台風のち秋晴れ

 9月30日(金)

このところ、あまりにも腰がおかしかった。異物感があり、はれぼったくて、湿布をしようが何をしようが効果がない。しかも神経系の症状がひどくなってしまって、立っているのもやっとの状態になっていた。腰が痛いからではなく、フラフラして、文字通り立っていられなくなったのだ。

そんな訳で、一昨日の内に今日の休暇を申請し、明らかに具合の悪いオレを見て上司も納得、今日は会社をお休みして整形外科へ行った。

駅前の整形外科。先ずはレントゲンなのだ。だから名倉堂へ直行せず、整形外科なのだ。名倉堂も、レントゲンの結果で動いてくれるからなのだ。

いつもながら、朝っぱらからお年寄りで激混み。かなり待って診察開始…ではなく、受付で症状を訊かれていたので、レントゲンへ直行。

撮影後、待たされてから診察室へ。名前を呼ばれて入室するなり、先生が大きな溜息をついた。嫌な予感。(-_-;)

デスクの前には、お馴染のバックライト。そこに正面と横からのレントゲン写真が一枚ずつ。見るなりオレは言葉を失った。一体全体これは何なんだ!?(・O・;

以前、椎間板がズレていると言われた時の写真とは明らかに違っていた。オレの想像では、以前よりズレが激しくなっている、という物だった。しかし、そのレントゲン写真は、はっきりくっきり狂った様にデカイ隙間が、背骨の間の二ヶ所にあった。増えてる?デカ過ぎる!?(・O・;

言葉を失っているオレに、先生は言い辛そうに話し始めた。

「これ、分かりますか?椎間板が二枚肥大化してます。」
「…へ、、、へぇ…」
「それからこっち、横向きの方の写真ね、ほら、このデカイ隙間の下の骨、二つ、」
「…はい?」
「ほら、骨の内臓の方ね、二つとも上に向かって尖ってるでしょ?」
「…あっ!!(・O・;」
「…これは…どうしようもない、治せません。」
「…はぁ…」(そりゃそうだろう、開腹手術して削らん限りは無理だ)
「だからね、これから一生お付き合いする事になります。まあ、40になったという事だと思って、季節の変わり目に週一回、通院して処置してればいいですからね。」
「…そうですかぁ」

その時のオレは、話の内容を即座に理解出来ずにいた。

その後、処置室で処置を受ける。そして処方せんをもらって薬局へ。

何があったのか、薬局へ着いた頃にようやく理解出来た。今は大した事はないのだが、尖った骨のせいで、慢性的に椎間板は肥大化してしまう。骨が変形する前の形になる以外は、ずっとこれが続く。そして肥大化した椎間板により、神経が圧迫され続ける…

そういえば、処置の後、このところのオレを悩ませていた、脳天から背中の真ん中の辺りにかけて、電気に打たれる様な感覚は消えていた。唇や舌の痺れも。

薬を受けとる時、薬剤師さんに言われた。

「今回は湿布と…あれ?痺れ止めのお薬と、お腹のお薬です…??」
「あ、やっぱそうですか(^o^)」

厄介な事になってはいるのだが、今まで大謎だった神経系の悩みは一気に解決したことにもなる。つまり、ようやく根本的な解決が出来たわけなのである。

大病でも無いのだが、お医者さんに「もう治らない」と言われるのは、やはりショックなのである。

だが、処置と薬のお陰で、全く何事もなく、元気だった頃の感覚が味わえた!!(^o^)v

これが味わえるなら、投薬と処置が続いたっていい、心の底からそう思えた。大きく前進!!(^o^)v

その後、行きつけの美容院で髪を切った。今回は、美容師さんが遊んでくれて、今時のルーズへアーにしてくれた。とてつもなく似合っていたので二人で笑ってしまった。どう見ても20代。(^.^;)

それから帰宅して昼食、証明写真を撮って警察署で免許証の交付を受け、市役所でごちょごちょと税金を納めたりして、あっという間に夕方になってしまった。

そしてうさばらしで新潟の街歩き。結局のところ、ここまでポジティブになれたのは、診断の納得感と、街歩きでリラックス出来た事にあると思う。

夜、帰宅したオレを待っていたのは…一時間に及ぶ迷惑メールのダウンロードだった。(-_-;)

ウチのプロバイダのメールサーバは、たまにこうなっちまうのだ。メールをダウンロードした後、消去出来ていない。だから何度も同じメールを受け取り続ける事になる。こうなると、プロバイダのHPからメールを削除せないかんのだ。(-_-;)

でも、激安パソコン(12,800円だった)でネットサーフィンも出来ているわけだし、別にこれ位、いいのだ。(メールサーバの問題だからパソは関係ない気がするが…(^.^;))


恐怖の悪夢

 9月29日(木)

すっげえ寝不足なんっすけど…(^.^;)

恐らく、誰にでも経験のある、そして最も質の悪い悪夢を夕べ見てしまい、うなされていたのだ。寝た気がせんっ!!(-_-;)

寝る前に、ネットサーフィンをしていた。

夢の中でネットサーフィン。隣の部屋、起きていれば夢だと気が付く。だがその時は、『オレったら寝てない(・O・;』と思ってしまうのだ。

『寝てない』という意識からうなされ、起きること数回。その起きている間も『寝てない』という意識しかない。(-_-;)

何度かうなされた後、最悪の夢を見る。それは、徹夜してしまい、そのまま夜が明ける夢。(-_-;)

『もう朝になっちまったぢゃねえか!!寝てねえよっ!!』とうなされてしまう。そして起きる。あ、夢か、と思ったのは、辺りが真っ暗だったから。だが『夢』だと思ったのはその時点での最終回(?)っつうか、夜が明けてしまうところだけで、ずっと寝ていないつもりになっていた。(-_-;)

どうしたら寝れるのだろう?このまま今日、仕事をしたら…死ぬかもな(-_-;)

そして迎えた朝、見事な秋晴れ。爽やかな朝の筈なのに…

これぢゃ寝た方が疲れるぢゃねえかよ!!(-_-;)

オレの夜を返せえええええっ!!(><)…(^.^;)


にわとりと卵

 9月20日(火)

一体どっちが先なんだ!?っつう事ですわな。正にこの大謎を背負っていた10日間だったオレなのです。

たまには短くて読みやすい日記にしようと思いつつ、これが唯一のストレス解消法だったりするのでついいつも長くなっちまいます。(^.^;)

こっちは公式サイトではないんで、読まれてないし、いつも読んで下さるのは、そこんところを理解して頂いてる皆さんだと勝手に解釈しとります。m(_ _)m

11日、日曜日、ここからの一週間は正に『想定の範囲外』だったわけです。まさかこんな事になろうとは、努々(ゆめゆめ)思いもしてませんでした。

総じてこの一週間は、『病は気から』ではなくて、オレの場合は『気は病からだなあ』なんて思ってました。ポジティブな思考なのに身体がついていけないでいる一週間だったわけです。頑張る気になって、実際頑張って、とんでもない反動が襲ってきて、の繰り返しでした。んで、とんでもない反動を受けては、ちょっと落ち込んでしまってましたねえ。病人のアリジゴクの巣への第一歩なのかも。(^.^;)

そして14日、ワイズ監督がお亡くなりになったという一報。彼は偉大すぎて、知っているなんておこがましくて言えません。当時のオレは、一プレイヤーに過ぎなかったわけで、彼もオレの事なんか憶えてないんだろうなあ、なんて思えてしまいます。でも、オレにとっては人生の中で大きなプラスになった、衝撃的な仕事でありました。

お目にかかった事はあっても、話す事すら出来なかったなあ…

でも、感謝の心は大きいオレなのであります。今、あのスタイルの新作ミュージカルが無いのが寂しいです。受けるかどうかなんて別問題として、ああいうのを創ってみたいなあ、と素直に思います。

それから17日の日曜日、リード博士が亡くなりました。これでドーンと落ちたオレだったわけです。

ぶっちゃけ、寂しいなんてもんではないです。ワイズ監督とは違い、同じ超有名人でも、運良く巡り合えたのが、リード博士でした。8年前後、一緒にツアーを回らせて頂いてました。

管弦楽法も彼から教わりました。そして事あるごとに、色々とご指導頂いておりました。本サイトからリンクの貼られたブログに、ちょっと載せてあります。本サイトでも、その内ちゃんと博士に関してやりたいと思ってます。

この『ドーン』で、オレ自身の考えは一変しました。『病は気からだなあ』と。(^.^;)

この訃報からの体調の悪さといったら、先日倒れた時は「ああ、半年に一回倒れる様に出来とるんだ」とかほざいていたオレなのですが、たった一週間でそこまで体調が落ち込んでしまいました。(-_-;)

今のオレは、パニック発作になった時に近いです。ぶっちゃけ、心臓が邪魔だという程激しく動いてくれてます。頑張るのはいいけど、頑張り過ぎないで欲しいです、オレの心臓。

確かに、博士とのお別れは哀しいです。ただそれだけではないんです。博士という存在に、随分甘えて来たなあ、という実感があるわけです。何をやってもかなわない人だから、ずっとオレより上に居てくれるだろうなあ、という妙な甘えなのです。

それはつまり、親離れ出来ない子供と同じなのだと思います。プレイヤーを辞めてから、確かに全く疎遠になったけれども、また、彼から実際お仕事を頂いた事などないけれど、存在は大きく、常に彼の下に居続ければいいや、みたいなところがあったことは否定出来ません。

これからは、オレの様に、彼のお世話になった人たちと一緒に、その遺志を一人でも多くの人に伝えられるようにならなければならないなあ、そう思うと、かなりしんどいわけです。

オレだけではないと思います。こう思ってしまった人は。もっと博士にとって身近だった人たちも沢山いらっしゃるわけです。そんな人たちもやはり、同じ事を考えていると思います。

今、こんな事しか書けないのは、本来の自分ならば出来ていた事が沢山ある、という認識があるからです。だから焦ってしまうわけです。でも、ここで焦ったら負けなのです。先ずは体勢を整えて、時を待つのがオレの成すべき事なんだ、それがじれったくて焦るわけです。

結局のところ、にわとりよりも卵が先なのだろうとは思います。卵がなければにわとりは生まれないからです。その卵は、にわとりが家畜化される前の品種が産み落とした卵なわけです。こんな風に考えると、ちょっとつまらないかも。(-_-;)

ワイズ監督のキャスティングの凄さ(スタッフを含む)、そしてリード博士の基本理念を、これからじっくりと身に付けて、きっといつかは成し遂げたいと思います。

ちょっとこれから先、長くなっちゃうけれど、この気持ち、この思考は、忘れないで頑張りたいと思います。


見ない日

 9月10日(土)

いつもの時間に目が覚めた。目覚ましは切っていた。ぐずぐずしている内に二度寝、三度寝、正午になる。

リビングへ行くと老人会状態。居場所も無く、うろうろした。とりあえず、お客さんが帰ったのを見計らい、リビングへ行った。見計らうのは簡単、年寄りは耳が遠いから声がデカイのだ。二階まで何を喋っているのかわかるのである。特に挨拶は。(^.^;)

メレンゲ→デブ屋といういつものパターンでテレビを観る。すると叔母来襲。昔、HPに写真が出ていた、アメリカのホームコメディーに出てくる叔母さん役みたいな顔の、あの叔母なのである。

いつも通り喋りっ放し。これを切掛けに、温泉へと行く。今日は新津温泉ではない。『花水』(はなみずではない(^.^;))という、普通の温泉の方なのだ。

笑い所が全く無い温泉なので、敢えてHPの記事ではなく、日記で済ます事にした。新津温泉とは違い、かなりネットでも紹介されとるし、ネット上の評判も良いからなのだ。

新津温泉の紹介をした時、看板を撮影しようとすると、どうしても花水の案内看板が入ってしまって困った。でも結局写ったままの方が面白かったので、そのまま出したけどね。(^.^;)

行きは、その案内看板通りにチャリで行った。山を越える。ぶっちゃけ、今のオレには過酷だった。登りきるのがとてつもなく辛かった。

最初はこんな事があるんだよなあ。(^.^;) 実は東新津駅前で、普通の道路からの方が近道だったのだ。必要の無い登山だったのだ。(^.^;)

いざ入館。新津温泉と圧倒的に違うのが、その外観。ヨーロッパ調。受付で、支払いと同時に下駄箱の鍵を渡し、ロッカーの鍵と交換。温泉宿の様な設備が整っていて、ロッカーに貴重品を入れて、色々な所をブラブラ出来る施設だった。

混み具合も絶妙。潰れない程度に空いていた。(^.^;) だから新津温泉の満員電車状態とは違うのだ。ひろびろのびのび。そうそう、新津温泉とは圧倒的に広さが違うのだ。

そして300円という激安な新津温泉では絶対に不可能な事をしていた。あまりに濃い源泉を、ちゃんと薄めてくれているのだ。(^.^;) 更に洗い場も多く、ちゃんと水道水のお湯が出てくるので、肌も荒れずに済むし、あ、温泉に入った人だ!…ってな臭いもしないのだ。(^.^;)

身体を洗い流して、先ずは普通の温泉へ。薄めても凄い浮力。源泉は違うけれど、新津温泉とは同じ水脈らしいな、としっかり分かった。やっぱ食塩泉だしね。

それから露天風呂へ。先ず少しだけ入り、のぼせそうになったので、脇で庭を見ていた。すると、可愛い小鳥達が遊びに来た。最後に来たのが鳩だったのがちょっと引いたけど…(^.^;)

しばらく露天風呂で入ったり上がったりを繰り返す。すると…スズメバチ来襲。(-_-;) 頼むからこういう事だけはしっかり管理しといてくれよ。(^.^;)

男湯には、入ると直ぐ右側に、打たせ湯と、小さな洞窟みたいな温泉がある。人がすれ違うのも苦労する、細い、ドアの無い入り口なのだ。行ってみると、お湯が満たされ、中が階段になっていた。水深95cmなので小さなお子様は…などと書いてあった。

実はコレ、炭酸泉だったのだ。突き当たると、右側に広い湯船がある。『ここを歩けという事か?』と思い、歩いて行くと…光センサーに反応し、ジャグジー発射!!四つだか五つだか、ジャグジーの座席(?)があった。座るとお尻の形にへこんでて、妙に安心感を抱かせる。

銭湯のジャグジーの様に、ピンポイントで6ヶ所を攻撃してくるタイプなのだが、銭湯の様なパワーが無い。っつうか炭酸泉でジャグジーって、芸風かぶってねえか?(^.^;)

そんな素朴な疑問を抱きつつ、完全にどこからも死角になっており、誰も他に居ないと解るやいなや…泳いだ。(^.^;)

今年の初泳ぎがまさか温泉とは…(^.^;)

後はサウナもあったのだが、心臓に負担がかかるのでパス。打たせ湯は、そこそこパワーがあり、気持ち良かった。

男湯と女湯の入り口の間に、リラクゼーションルームがある。とてつもなく魅力的なスペースだった。外までアロマの香りが漂っていた。だがしかし…残ったリラクゼーション用の椅子は僅か一つ、居るのは全て女性…やめといた。(^.^;)

そのお向かいでは、当然有料だが、マッサージをしていた。入館料が950円するのに、更にマッサージでは、わざわざ温泉に来た意味自体が問われると思った。何故なら、オレにはナムヂャイと手もみんがあるからなのだ。(^.^;)

その他に、フットマッサージ機コーナーがあった。思わずやっちまった。一回100円。そして入館時は見ちゃいなかったお座敷を見ると…あのファミリー社製のマッサージチェアーがあるではないかっ!!(-_-;)

某家電量販店で全メーカーをお試ししたオレは、ファミリーが抜きん出て良いという事を知っていた。マッサージ機の老舗ならではの、とてつもなく人間思いな逸品なのだ。…とうぜんやった。しかも二回。(-_-;)

最初からお座敷を見ていれば、フットマッサージなどしないで済んだのだ。(^.^;)

今日は入館時、ある決意をしていた。それは、時計を見ない事。お陰で、気が付けばウチの年寄りが夕食をとる時間になっていた。6時。早すぎると言うと、今日来た叔母の所なんか4時だといつも言われる。マジで嫌になるのだ。(-_-;)

すっかり遅くなった帰り道、東新津駅が目の前にあると分かった以上は、登山などせずに帰宅。帰路、突然の雨。時計見てればこんな事にならなかったのにい…(^.^;)

帰宅後、今日は新聞を見ない日にした。テレビを観ていた。8時に年寄りは寝る。そのままオレは残る。新聞を見ない日にしたもんだから、世界不思議発見の『オペラ座の怪人の秘密』を見逃した。

代わりに観ていたのが、NHK特集だった。エアバス対ボーイング。とてつもなく面白かった。技術合戦の裏にあったのは、エアバス社内部の国際化だったのだ。ボーイングに対し、エアバスはずっと『Made in Europe』を貫いて来ていた。だがA380は、それでは作れなかったのだ。そこで内部のグローバル化が始まったというのだ。

オレは以前から、TDA(東亜国内航空)、つまりその後のJAS、つまり今のJALの一部っつうかJALに吸収合併された航空会社が好きで、懇意にしていた。プレイヤーの頃、自分で便を選べる時は、必ずそこにしていた。客室乗務員の接客態度と、もう一つ決め手があった。それが、エアバス社製、A300だったのだ。この機体の大ファンだったのであるっ!!(^o^)v

他社製に比べると、とてつもなく乗客の事を考えて内部が設計されている。これがたまらない魅力なのである。ジャンボの中央五人掛けの真ん中を引いちゃった日にゃあ…でしょ?(^.^;)

同じ中型機同士でも、ダグラス社製D9やDC9はエンジン音が物凄いし、ボーイング社製の737とか777とかは…やっぱエンジン音うるさいのと狭いのだが、エアバス社の中型機は、広さを感じるのだ。更にデザインも良い。

そんな、中型機の帝王、エアバス社が満を持して開発したのが、初めての大型機、A380なのだ。これからどんどん就航していくらしい。

オール二階建てという突飛とも思える発想は、実は、どの空港のタラップっつうかタコ足状態の乗降口というかのサイズに合わせて大型化する、という課題から来ているらしい。番組では何も語ってなかったけど。んで、一番嬉しいのは、ボーイング社と最も違う、大型化したらその分乗せてぼろ儲けする、という設計は絶対にしなかったところなのだ。ジャンボのエコノミーのあの狭さは、経験した人なら嫌で仕方ないでしょう?(^.^;)

エコノミーなのにビジネスクラスの広さ、というところへ設計を持っていったのが、とてつもなく嬉しいのだ。(^o^)v

そんな番組の最後に、ボーイング社の工場長登場。ヘレンさんだったかな?女性だった。何でも、日本の自動車メーカーの真似をして、飛行機のライン生産を始めたら、一機が出来るのがたった三日になったのだとか。開口一番が面白かった。

『"Kaizen" is everything...』…後は日本語音声がかぶって絞られてしまった。(^.^;) つまり聞こえなくなった。(-_-;)

Mottainai に次ぐ、国際化された素敵な日本語!!(^o^)v でもなあ、恐らくボーイング社内のローカルな言い回しなんだろうなあ…

英語で『改善』と言うのは面倒臭い。改善とそのまま言っちまえば手っ取り早い。日本語は便利なのだ。多分。(^.^;)

そんなわけで、今日も寝るのだ。頭を空にしたい。でもそうも行かない。でも空にせねば…

おやすみなさあい( ̄。 ̄)ボーーォ


ゲルマン人の

 9月 9日(金)

完全に東京に居た時と同じ状態になった。コレはかなり拙いのである。(-_-;)

弱冠の違いはある。薬のお陰が大きいのだが、狭心症っぽさが弱い。当時よりはということだけど。

先週末に始まったこの不調、新しい薬でターボ全開!!がまずかった。如実に反動が出ているのだ。

昨日までは、どんなにきつくても、一仕事片付けば元気になっていた。今日は片付いても片付いても一向に良くならない。

ストレスがどうのではない気がするのだ。マラソンしているみたいになっているのだ。全身の筋肉が痛い、全身がきつい…(-_-;)

当然ながら、過労だと言われている以上はその症状が出る、という事なのだと思う。

今日はグループ総出で電話を取らない日。他から回ってきた仕事だけをこなす日なのだ。その『他』というのが曲者なのだ。ちゃんと聞けていない、間違っている、何も書いてないが実はモメ事の種を仕込んである…等々。

件数もおびただしく、それでいて一件一件がとてつもなく時間が掛かる。最初から電話を回してくれればこんな事にはならないし、そもそも間違い電話する方もする方なのだ。間違い電話する様な人からの注文なわけだから、普通でなくて当たり前だとも思えてしまうのだ。

いつもの半分ちょっとの件数、なのに残業、とんでもない一日だった。

そしてトドメが、予告もなく強行された引っ越しだった。初めてオレは席が移動になった。といっても、今まで背中合わせになっていた席へだったのだが、今日のオレにはマラソンの一番きついところになってしまっていた。

チェストを移動、パソを移動…もうダメ、全身の痛みと疲れはピークに達し、気が付けば椅子に頭を伏せて座り込んでしまっていた。

しばらくそのまま動けなかった。筋肉が…身体が…

遂には小さな人だかりに囲まれてしまった。この巨漢(?)をどうやって移動させるか、という事になったのだ。

少し座っていれば大丈夫だと言い、お礼を言い、そのまま何とか椅子に腰掛けた。すると腰掛けたら腰掛けたで腰が…(-_-;)

遠泳して陸に上がった時の様に疲れていた。とりあえず、脈絡は無いのだが発作の頓服を服用してみる。周囲を安心させる為だった。当然効果がある筈など無い。

たかが背面の席への移動ごときで、ゲルマン人の大移動の様な騒ぎになっちまったのだ。(^.^;) フン族は?…多分理不尽な事ばっかし言う今日のお客さんだろう…(^.^;)

久し振りに這うようにして電車に乗り込んだ。空席があった。本当に良かった。

帰宅後、現在に至るまで真剣に悩んでいる。明日の午前中どうするか?なのだ。もう新津温泉以来風呂に入っていない。シャワーだけなのだ。これが一番良くない。年寄り二人はぶっちゃけ遊んでいるだけ、必要ないだろう。オレはそうは行かんのだ。働いているのだ。毎日。

疲れる事はしていても、疲れを取る事をしていない、だからこんなになっても仕方ないのである。狭心症のオレがどんなに言っても、太らそうとするおとんとおかんが相手なのだ。交渉自体が成立しないのだ。

iBookの先生の所へ行ったとしても、無理するなと言われて終わると思う。薬が追加されるかも知れないが、根本的な解決にはならない気がするのだ。(-_-;)

そうなると、爆睡を二日間続ける方が良い気がするのである。そして、起きているスキに、ちゃんとした広い普通の温泉に行く。(^.^;)

結局、最終的には、というか会社で動けなくなってから今に至るまでの間は、疲労感が痺れと脱力感に変わっている。右手と左足がちゃんと動かない。何よりも血行が悪いと思うし、神経の中を循環する骨髄液もちゃんと回っていないと思う。それにはやはり、風呂なのだ。誰が何と言おうと風呂なのだ。原始人ではない以上は、風呂に入ったって誰も責められない筈なのだ。だから風呂に入るのだ。

ゲルマン人の子孫は、ドイツ人。ドイツ人と言えば、医者が温泉の処方せんを出して治療に使うのだ。ゲルマン人の大移動をしたオレは、温泉に入るのだ。これでいいのだ。(^.^;)

本当はiBookの先生のところへ行って、温泉にも行くのがいいだろう。だがそれをすると、寝ている時間が無くなるのだ。オレはたっぷり睡眠を取りたいのだ。

こんな事を考えているという事自体、過労なのだ。好きにすればいいのだ、オレ。好きにするから、オレ。

しかし今日は注目を浴びたなあ。(^.^;) 女子高生なんかオレに目が釘付けだったもんなあ。だからと言って何をするわけでもないのだが…(^.^;)

さて、ようやくここまで来たが、これからベッドへ移動なのだ。これがまた一仕事なのだ。(-_-;) つうか近すぎるぞ、ベッドがっ!!(^.^;)

何せ、背面の席への移動が、ゲルマン人の大移動に思えたオレなのだ。だから一仕事なのだ。

頑張って寝よおっと!!(^o^)v

【追記】

今日の昼食は、どうしてもラーメンっ!!ってな事で、かつて行き着けていた店へ。オレにとっては新しいメニュー登場。これが目茶ウマだったのだっ!!(^o^)v

新しく、ラーメン専用に醤油を作ってもらって出来上がったメニューなのだそうだ。醤油、美味かった。っつうかスープが美味かった。ちょっと濃いけどね。新潟だから仕方ない。

とってもお薦めしたい!!…だが疲れていて店名と品名がどうしても出て来ないオレだったりするのだ。(-_-;)

憶えていたらその内書きます。(^.^;)


大変だったあ!!

 9月 8日(木)

いやね、実に大変だったわけですよ、バイトが。(^.^;)

しかしよくもまあ、こんなに壊れるもんだなあ、等と思いながら修理の受付。今週は一体全体どうしたんだ?っつう程の混み方だったわけです。

こんな時、どう表現しますか?「もう死ぬかと思った」とか、「本当に死にそうだった」、「死んでた」等と言う事があります。実はコレ、口語の米語表現でも全く同じなんです。

『I was going to die.』(もう死ぬかと思った)、『I was dead.』(死んでた)、『I'm dead.』(もうダメ、死んだ)…実によく使われます。

こいつらは、よく話のオチとしても使われます。そしてオチとして使う時には、ユニゾンで言います。そこまでの定型文だったりするのです。┐(-。-;)┌

定型文なので、一つ目なんかは、『I would die.』とは言いません。これは聞いたことないですねぇ。ほぼ絶対、『I was going to die.』と表現しますね。理由は恐らく、そもそも比喩表現なわけなので、言いたいことを比喩で伝える時、より表現力のある物や、より面白味を増す物を選ぶからだと思われます。

そして昨日は、台風14号だったわけです。オレがどうのこうのではなく、台風の被害による修理が多かったわけです。

それにしても大きい台風でしたねえ。昨日新潟を素通りしたのに、今朝までずっと風が強かったです。普通の台風なら、いきなり台風一過になるのに、曇り空が続き、ただ雨が降らないだけ。今日の昼下がり、ようやく台風一過らしい空模様になったのであります。

そんな折、喫煙室へ行くと…



え〜(^.^;)、以前の日記の『火星最接近激写』並の傑作でしょう。(-_-;)

喫煙室のドアを開けると、室内が丸で天国みたいに明るかったわけです。眩しいの何のって、中央にあるエアークリーナーの陰で座り込んで喫煙する女子が居た程なのです。

恐らく、スペースシャトルだとか月面だとかの『昼』というのか、太陽が見えている時というのか、そこまで明るかったわけです。

ちなみにオレは、天国の光景なんて知りません。これも物の例え、比喩なわけです、当たり前だけど。(^.^;)

100円携帯の写メールでは、コレが限界でした。必然的に露出が明るい方に調整され、室内が真っ暗になったわけです。(^.^;)

ああ、この暗さからこの明るさを見た時の差が、この時の明るさなんだろうなあ、なんて思ってください。m(_ _)m

月曜から水曜は、長い残業になりました。今日はたった15分!!こなした件数は変わらないのにです。ぶっちゃけ、変な電話が無かったという事なんですな。(^.^;)

そんな今日、ニッポンちゃちゃちゃだったわけです。女子バレー、韓国に3−0で圧勝。これでアジア選手権三位だけど、韓国にストレート勝ちというのは、強くなったんだなあ、なんて思えてしまいます。

ニューヒロイン、木村選手19歳、インタビューも子供っぽくて面白かったです。(謎

頑張ってプリンセスメグにも戻って来て欲しいです。やっぱ、笑顔の似合う人はいいなあ、なんて思いながら考えました。

今週もあと一日。たった一日。だけどあと一日。ぶっちゃけきついです。昨日までの三日間、毎日がとんでもない疲れとの闘いでした。お薬手帳にある様に、そして前の日記にある様に、今過労なオレには、かなり堪えました。

待ってろよ土曜日!!爆睡してやる〜〜〜〜っ!!(><)


久し振りのまとめてどんっ!!

 9月 4日(日)

今月は三連休が続くのだ。わくわくするのだ。何かしようというわけでもないが、寝る事が出来るっ!!(^o^)v

そんなわけで(謎)久し振りのまとめてどんっ!!

9月1日(金)

バイト先のグループの飲み会。職場では、一つの部署が10人程のグループに分かれている。作業の効率性を確保する為なのだと思う。

オレの所属するグループは、研修修了時、『男塾みたいなところ』と言われていた。だが実際に配属されると…とんでもない『エロいグループ』だったのだ!!(-_-;)

リーダー、サブリーダー、そしてヒラによって構成されるグループ、いつもリーダーとサブリーダーは、エロトークばかり。ウチのグループの『姫』と呼ばれる女の子が、今日はブラ紐が見えたとか、ノースリーブだから脇からはみ乳っぽく見えるとか、本人に向かって言ったら完全にセクハラになる事ばかりを言うのである。(^.^;)

そんなこのグループに、先月初頭、変化が起きた。サブリーダーが別の部署へリーダーとして異動。新しいサブリーダーがやって来た。これでエロさも収まる…と思いきや、エロトークはしなくなったものの、このグループを『HG』(ハードグループって事か?)と自称し始めた。更に一日の締めとなる配送件数の申告通知してね、という内容のメールはHG系ギャグばかり…結局『エログループ』の汚名は払拭されず、新しく入ったサブリーダーを完全に染めた結果に?なのかな?…恐らくリーダーが、趣味の合う人を呼んだのだろう、という専らの噂なのである。(^.^;)

そんなわけなので、このグループの飲み会は、とんでもない程の乱痴気騒ぎと化していた。(-_-;)

先ず乾杯の音頭を取った直後に、とある若手の男性が、「僕、バイセクシャルなんです」と何の脈絡もなくカミングアウト。意味分かんねえよっ!!(^.^;)

これで火がついたのが、リーダーと人妻だった。人妻が、「私、このグループの男性は全員Mなんだと思います。うふっ('−'*)」と言うと、リーダー大乗りで「そうそう、オレがそういう人ばっか集めたから(^o^)」と返し、更に人妻の暴走に拍車が掛かる。「私、Sなんです。特に佐々木さんと○△さん、極上のMですわ。さあ、おっしゃい、自分はMだって、おっしゃいξ^▽〆オーホッホッホ…」

「いやあ、男は皆基本的にMですから」…誰かがフォローを入れたつもりが、更に人妻を燃え上がらせた。(-_-;)

ここで注記。人妻はオレよりもずっと年下なのである。(-_-;)

「特に佐々木さん、音楽家はみんな、情熱的でMなんですよ。(決め付けている) こんな極上のMがいるなんて、幸せ、もうどうしたらいいんでしょう!?」

…え〜(^.^;)、誰がMなんですって?(^.^;) オレには身に覚えが無いんですけど…

「オレがMかどうかなんて、やるまで分からんでしょうっ!!」

困った揚げ句に言ったこの一言が、「え?やるって言ってるよ、人妻さん」と皆が言い出すというリアクションを生んだ。当たり前だった。皆酔っ払いなんだから。(-_-;)

しかし、飲み会でとんでもなく親密になった我がグループだったりする。ここまで仲が良いグループは、他には無いのだ。絶対に地雷が埋めてあるし、絶対に摩擦はあるし、絶対に飲み会に行かないと言う人が一人では無いのだ。

6つあるウチの部署のグループ、平均点は3位。それがこの日の前日、トップになっていた。何があったのか!?…受付専任では無いオレが電話を取っていたからなのは、誰も知らないだろう、リーダー以外は。だってやれって言われたんだもん。(^.^;)

下ネタにはあまりはずれが無い。大体はアルコールがあればウケてしまう。そして恥部を露呈する事により、腹を割った話が出来る様になる。我が武蔵野音大ホルン会(に限らず管楽器)では、オレの頃までコレが風習だった。あらためて、社会人になってやってみると、腹を割れるというのが如何に大切か、それで如何に楽になり結束出来るのか、そしてどれだけの誤解を解く事が出来るのか、よおく分かったのである。(^o^)v

明日から、またエログループの一員として頑張るオレなのである。(^.^;)

9月2日(土)

この日は起床後にやる事があった。それは、iBookの先生の所へ行く事だったのだ。ここで、オレが如何にダメ患者だったかを思い知る事になる。(^.^;)

実はオレには、2年ほど前から抱えている症状があった。それがまた最近、ひどくなってきた。だが、どうしても言葉で表現出来ていなかったのだ。そしてこの日、遂にそれが出来たのだ。

「どうしましたか?(^o^)」
「実は、風邪とかはいいんですけど、脳天から背中の真ん中にかけて、電気に打たれたみたいになって、それが心臓の鼓動と同じでかなり強くて、舌が痺れて呂律が回らなくなって、これが治まると唇が痺れるんです。」

今までオレは、ズッキンズッキンする、とか、ビックンビックンする、とか、そんな事しか言えなかった。何をどう表現すればいいのか、ずっとずっと悩んでいたのだ。

「かなり疲労がひどくなってますねえ。それは自律神経がとても悪くなっています。糖尿でも出てくる症状ですが…血圧は正常か…突然痩せてもいないので、狭心症ではなく、自律神経失調症がひどくなったみたいですね。あまり疲れない様にして欲しいところですが…仕事は今は何を?」

「コールセンターなんです。だから呂律が回らないのが一番困ってます。忙しいのも、掛かってきたら取らなくちゃいけないし、そこからまた何軒も掛けなくちゃいけないしなんで…」

というわけで、事情は分かってもらえた。今回、自律神経失調症が最大の敵として再浮上した。だが、糖でなくて本当に良かった、それが最大の安心材料になった。

そんなわけで、処方も変わった。不整脈がまた出てくる様になった為、以前毎食後に服用していた狭心症の薬を、今回は頓服として使用、大きな進歩!!(^o^)v 後は自律神経失調症と血糖値を下げる薬なのだ。

自分の中で起きている事は、自分にしか言えない。医者にかかるというのは、如何にそれを巧く伝えられるかどうかにかかっている、本当にそう思った。

9月3日

MacOSX(マックオーエステン)って、本当にUNIX(ユニックス)なんだなあ、と実感している今日この頃なのだ。

前回の日記で、OSXのHDDがクラッシュした事を書いたと思う。ちょっと曖昧に表現していたけれど、それからずっと闘った結果、完全にHDDが起動不可の原因だと突き止めたので、ちょいと前回の日記とは表現が違うかも知れない。

あらゆるチェックの結果、ハードウエア自体に全く問題が無い事は分かった。んぢゃあ何で一切起動出来ないのか?…それはMacOSXが本当にUNIXだったからに他ならないのだ。(^.^;)

殆どの商用サーバーで使用されているユニックス、理由は安定性が抜群だからなのである。ウインドウズや旧マックのOSだと、落ちて当然、そうなる前にセーブする、という動作が染みついていたりするのだが(^.^;)、ユニックスは頑強なのだ。とにかく落ちないのだ。

色々な良い部分から、その頑強さは生み出されている。だが今回のオレの、HDDクラッシュ→全てのデバイスからの起動不可、という現象は、ユニックスの良い部分が裏返しに悪く作用したに他ならないのだ。

『root』という発想がユニックスにはある。つまり、直訳すると根っこ、ツリー構造の根っこ、ぶっちゃけ、動作するのは絶対ここから、というトップカテゴリーがユニックスにはある。その為、他のデバイスがどうなろうが、直ぐに助かるというとてつもない利点があるのだ。反面、今回の様に、その『root』のデータが壊れると、どんなデバイスからも起動が出来なくなっちまうのである。

以前のMacOSは、ディスククラッシュしたらCDブートして直せば良かった。これはウインドウズだって同じ。ところがMacOSXは、rootに指定した、っつうか強引に内蔵HDDのトップカテゴリーの一部に、他のデバイスのジャーナル(記録)があり、それが壊れていると何からも起動出来なくなるのだ。

故障か?と思ってみたら実はHDDがクラッシュしただけだったのだ。

そんなオレは昨日から現在に至るまで、Macを何故かユニックスから起動し、ユニックスコマンドでディスクの修復を試みている。(-_-;)

いざやってみると、あの美しいアクア・インターフェイスが表示されているモニター画面なのに、ブラックバックの白文字で、サーバーをいじっている時の様にユニックスのコマンドを打っている。キーボードがマック用なのがむしろ不思議な程なのである。(^.^;)

今回は、本当に良い勉強をしたのだ。MacOSXは、とてつもなく頑強。マルチタスクも秀逸で本当に不具合が少ない。だが、使用上の注意があるという事がよおくわかったのだ。(メーカーは何も公表していないが(^.^;))

1.こまめにバックアップを取ること

2.ハードエラーっぽくても実はHDDのデータが壊れている事があるので注意すること

3.CDからリカバリしようとして、CDから起動出来ない場合も、HDDのデータが壊れているだけの事があるので、迂闊に修理に出してはいけない(経緯によっては自己負担に切り替えられ、自分で直した方が遥かに安上がりになるから=HDD交換するだけだから(^.^;))

4.↑3までになると、セーフモードでも起動出来ない状態の筈なので、シングルユーザーモードで起ち上げ、FSCKを実行する事

5.何度FSCKを実行してもダメなら、ルートになっているディスクを交換して、クラッシュしたディスクを書庫にするしかない

ぶっちゃけ、5まで行ってるオレなのであります。(-_-;)

今回の対処方法は、ほぼコレで決まりです。HDD交換後、クラッシュした内蔵HDDをケースに入れて外付けハードとして使用する。決定っ!!(-_-;)

何だか、ユニックスの最大の欠点を見た気がする(^.^;) これが長所でもあるから、実に複雑な心境なオレなのであります。(-_-;)