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3月の一言:ザ花粉ショー!!…あだまいで(-_-;)

冷や水が痛え!!

3月31日(月)
 このところご難続きだったりする。まあ、詳しく語っても仕方ないのでやめときます。(^.^;)
 それでバタバタしていた為、すっかり生活のリズムを崩してしまい、未来旅行は延期、今日、3月の終わりになって行ってきました。
 起床し作業、昼食、そして行きたくないけど未来旅行。午後一番で皮膚科へ。どうせ40分位待たされるだろうと覚悟したにも関わらず、今日は10分で順番が来ました。これはラッキー。
 いつもとは違い診察室の中で待たされる事もなく、直接処置室へ。やにわにメスを取り出し、当然の様に無言で削られました。これは別に痛くも痒くもないんですよ。これ位では、もう痛いって思う様な神経では無くなってます。
 何となく、早く呼ばれた幸運に嫌な予感を持ちつつ黙々と進む処置。とそこへ、看護婦さんに手を引かれたお年寄りが。ここで年寄りの意地炸裂。ちゃんと歩けてもいないのに歩けるという気になって、看護婦さんの手を離し一人先へとそのお年寄りは進みました。千鳥足(?)で。嫌な予感がmolto cresc.!!
 人間、こういう時に限って「あれ?オレったらいつから予知能力あるんだ?」てな事を考える程に予感が的中するものなんですよね。(^.^;)案の定でした。オレの足の裏を一所懸命に削る看護婦さんにお年寄り激突!!出血しました。
 え〜、誰を恨めましょう?悪いのは誰?愚痴りてえっ!!でもはけ口が見つからんっ!!年寄りの冷や水、本当に痛かった!!
 その後、言うまでもなく未来旅行です。切り口を避けて液体窒素はあてられて行きます。オレの場合、数えきれない数のイボが群生してます。一ヶ所の切り口なんて比較的どうでもいいんです。切り口の場所は、30〜40個のイボが群生して巨大な塊になっている部分です。だから切り口を避けたとしても充分治療の効果は期待出来るわけです。でもねえ、タダでさえ痛いのに、プラスアルファで切り傷ですよ。もうたまったもんぢゃありません。
 ちなみに、このところ新潟県下越地方は連日雨天。湿度が高く、イボもよく育ってました。今日の未来旅行は長かった。(^.^;)あてている時間がいつもよりも長く、本当に痛かったです。これまでで最も痛かった。
 帰り際に言われた事。イボではなく水虫がこの湿度に大喜びしているのでちゃんと処置しておくように。わかりました。でもなあ、やってるんだけどなあ…
 水虫にも、痛くてもいいから薬以外の治療法、見つからないかなあ…
 帰宅後、小林恭先生より電話あり。ボツではなく採用。良かった。更に、もっと暴れていいというお墨付きを頂きました。
 とその前に、小林恭先生へのプレゼントを母と共に購入。散々考えた末、かつては新津の特産品だったお茶にしようという事になりました。お茶屋さんへ行くと、何でも今は茶もみをする人がいないので、新津産のお茶は売っていないのだそうです。葉っぱは微々たるものですが、収穫されてはいます。農協とかで、どこかのとブレンドされたりしてるのかな?等と思いながら陳列棚を見ていると…『信濃川』『阿賀野川』…いかにも新津産という銘柄が。店員さんに聞いてみました。すると、中身は静岡産で、新津地方限定で作っている銘柄なのだそうです。早い話、AIWAのテレビやステレオが中国で作られていたりするのと同じなのだそうで。我が新津もここまで落ちたか…
 結局土産話にはなるので、話の種に『信濃川』のセットに決定。恐らく恭先生は洒落の分かる方だと思います。江戸っ子だし。
 今日は出血したので大人しくしておこう。と日記には書いておこう…あ、これ日記だった(^.^;)っつうか古すぎるよこのネタ(^.^;)

もう大変

3月30日(日)
 何が大変かってボケるのも大変なのですよぉ。(^.^;)常連の皆さんは、オレが日記すら更新しなくなると「またかあ(-_-;)」何て思うでしょう。そしてその揚げ句、Mac OS 9が更新されてたりすると、更に「またかあ(-_-;)」でしょうね。(^.^;)
 今回から手書きスクリプトを卒業しました。かなり前にN島が騒いでいたアドビーさんのアプリ、お蔵入りが勿体ないってんで使ってみる事にしました。
 Adobe GoLiveというソフトなんですが、購入当時、結局手書きよりも遅いってな事で使わなくなってたんですね。それで最近、多忙になって来まして、それでも更新する方法を模索していたんです。んで試しに使ってみたわけなんです。
 確かにHTML文書に関してはかなり遅いですし、バグまで行かないエラーが出てしまいます。しかしいくら二年近く前に購入した物でも、使わないのは何か損をした気がしたわけです。それで空き空きにちょっと触ってみたんですね。
 最初はとりあえずHTML文書をこいつで、ってな事を考え、やり出したわけです。少し慣れて来ると、ああ、このアプリはタグだとかをスタンプするみたいに処理してるんだなあ、と基本構造がわかりました。
 次にFTPアップロードを試みました。さすがは安くても売っているソフトですねぇ。NetScape等とは違いました。(^.^;)こういったアプリでは基本的な機能なんですが、自動更新チェック機能が便利だと身体で分かりました。
 現状、ロケーションバーをご覧の通り、.aspだとかそういった書類ではなく、HTMLのままです。つまりそこまではやってないって事ですね。というのもサーバー停止とかそういった絡みがあって、そのゴタゴタが終わるまでは自動更新もへったくれもねえや、なんて思ってしまったからなんです。
 ところで最も更新頻度が高いのがこの日記なんですが、どうしているかというと、これに関してはソース表示して手書きでやってます。理由は簡単。アプリが持っていないスタイルシートを使っているので、ソース表示して手書きした方がずっと速いからなんですね。結局文字数が多いページはこうなってしまいます。
 それからお得意のJavaScriptですが、これがもう殆ど覚えてなかったんですよぉ。(^.^;)オレとしたことが!!でも仕方ないですね。見れば分かるけど自分から出て来ない、つまりもはやクリエイター思考が無くなっていたって事です。
 そこでチマチマとアプリの機能を使い始めたんですね。これが結構大変でした。オレとしては以前のページをほじくり返したりして、ソース表示して手書き、というところからでないとどうも入れなかったんです。んで、もしかしたらお決まりのパターンかも知れませんが、段々打つのがうざったくなって来たんですね。コピペ攻撃すらも。んで渋々上げつつアプリでエラーチェック、動作確認って具合で始めました。
 そしてAdobeのサイトを見たりなんかしてますと、新しいスクリプトのダウンロードとかありましてねえ、丁度やりたかった事があったりしたわけなんですよ。早速ダウンロード。タダですから。んで使い方は?…知りませんでした。(^.^;)っつうかマニュアル読めっちう(^.^;)
 まあマニュアルもオンライン公開されてますんで、確認しました。そしたらとてつもなく簡単にスクリプトが作成出来たんです。先入観を持ってた部分が少なからずあったんですね。つまり、○○を××するためのスクリプト、っつうのをはめ込む、みたいな。ところが全く違う物だったんです。
 うまく説明出来るか自信がないのですが、こんな感じなんです。これをこうしてああすると同時に、ここをそうする、この中の代名詞が一つ一つのアイコンになっていて、それを貼り付けると、見事目論見通りに動いてくれるんです。つまりアイコン一つがスクリプトの中のコマンド一つ、それを組み合わせて自分の好きなJavaScriptを作れるって事なんです。
 これには驚きました。宣言文だとか、そういった基本的な部分を手書きする手間を惜しんでいるだけだったのに、ここまでやってくれるとは!!高いDreamWeaverなんかはこういう部分、きっと凄いんでしょうねえ…
 そんなわけで、早速やったのがこの日記のJavaScroptだったわけなんです。昔懐かしいサブメニュー。まだ弾正どっとこむではなくて椎倉屋総本舗だった頃の物です。弾正どっとこむでも当初使ってました。でもNetScape6で動作出来ないスクリプトだったので敢え無く姿を消してしまいました。
 ところが売っているソフトだけあって、その辺りの対策もバッチリ。NetScape6登場の頃は、最初にブラウザ種別をゲットして、一つの目的でIEとネスケ6用、場合によっては6以前のネスケ用の三つのスクリプトを書いて割り振る、なんて事してたオレなんですが、今は違いますね。アプリで出来たスクリプトをソース表示すると、ちゃんと1文書で終わらせてます。
 でも奇麗かどうか?って事になると、CSという独自の構文をGoLiveは持っていて、これでスクリプト作成の自動化の一翼を担っているわけですが、それがちょっと汚いなあ、なんて思います。自動化された物に文章の美しさを求める方がどうかと思いますが。(^.^;)
 そんなこんなで、1日数時間の作業を続けただけで、新しいMac OS 9のページは出来ました。とてつもなく速いです。最初作った時は半年掛かりましたから。だってJavaScriptなんて知らない状態から勉強して、でしたからねえ。
 さて、このところ作業が忙しくて、寝坊の連続だったオレなので、実は未来旅行に遅刻してしまいました。なので月曜日に未来旅行です。本当に…痛いんだろうなあ、また。自分への御褒美も考えたい心境です。早く治したいですよ、ほんとに。

れう薬口に苦し

3月23日(日)
 今日はひたすら構想を練る日だった。こういう日もあるんですよ。というのも、小林恭バレエ団の仕事は、分量が多い。大体どの位かというと…
 バレエの公演は、殆どコンサートと所要時間が同じだと思っていいと思います。今回は作曲する分、アレンジする分、そしてそれらを含めて全てDTMの打ち込み。つまり東京チェンバープレイヤーズのコンサートを全部新曲でやるみたいなもんですね。
 東京チェンバープレイヤーズの時はホルンを吹くわけなので、ホルンの練習が必要。その分が今回はDTMの打ち込みって時間割になりますね。分かりやすいなあ。(^o^)
 CDの仕事だとか、芸道の仕事なんかよりは、ずっと分量は多いわけですが、あながち『全部新曲』というコンサートの経験もないわけでは無いので、大体のペースが分かります。
 そんなわけで、今日は本当に最初の作業となりました。公演全体を見回し、使用楽曲の事を考え、DTMでの打ち込み、そして各々のオーケストレーション、そういった部分を公演全体から考えます。
 こうして考えると、作曲とプロデュースって、本当に似ているなあ、なんて思います。今日の作業自体はプロデュースと殆ど変わらないわけです。作曲の時、一曲を作るのにこういった段階を経て考えるわけです。一曲全体の構想から各部分へと至るわけですね。そうしないと本当にある意味素人っぽくというか、行き当たりばったりというか、まとまりの無い、覚えにくい物になってしまいます。
 実際の打ち込みに入れないジレンマも少し感じつつも、絶対に必要な作業なんだと自分をなだめ、アウトラインが見えてきました。そして早速提出して欲しいとのご注文の一曲目を頭の中で回し始めます。あ、これ、古い日記に書いた通り、私特有の表現かも知れませんが、思いついた楽想をそのまま出すのではなく、何度も何度も繰り返し、練り込むわけです。するとどんどん面取りというか、洗練されて行くわけですね。だから思いついたそのままをやるよりもずっといい曲が出来上がります。
 一曲目は当然ですがオープニング。ちょっと迷いあり。荘厳さか力強さか。似て非なるこの二つ。これにより使用楽器、使用する音階、そして曲全体の構造とテンポの変化が決まるわけです。そこから基本的なリズムが作り出され、それと同時に旋律とベースライン、そして和声、対旋律が、私の場合は出来上がった状態で出てきてしまいます。(^.^;)もし作曲の参考に読んでいる方がいらしたら、ここの部分を順番にやると覚えて下さいね。私、変態さんですから。(^.^;)
 まあここまで書いた限りでは、順調に見えるでしょう。ところがそうでも無かったんです。集中力を削いでしまうものが…そうです、足の痛みなんですよ。(^.^;)
 日記を読んだ限りでは、治療が始まったから痛くなったみたいに感じませんか?実際、ずっと痛かったし、びっこ引く事もあったし、治療前もそれなりには大変だったんです。ところが治療が始まると、洒落にならない程痛みを感じる様になりました。
 痛みには慣れている、かなり我慢出来る、そう確信しているのは、歯科治療の為でしょう。普通はギブアップする位の痛みは、私は大丈夫なんですね。結構歯医者さんが驚いたり、気を遣ったりします。じゃああの虫歯で辛いのと、イボで辛いのは、どっちが辛いんだ?って事になると、イボです。治療中のイボです。
 確かに痛いには違いがありません。でも歯科治療とイボの治療では全く違う部分があるんです。それは、歯は大体その日に治るって事なんですねぇ。(^.^;)
 イボは、一回治療して治るもんではないです。残念ながら。つまり、病院から帰っても、次の治療まではずっと痛いわけです。そして、やってる事は殆ど虫歯の治療と同じで、痛いところをつついて治すって事ですから、基本的には同じ位痛いわけです。(^.^;)だから治らない分、イボの方が始末に終えません。更に麻酔かける様なもんでもないし、かと言ってかけてもいい程痛いと言えるのが、本当に厄介な部分です。
 いざ打ち込み開始、という前の段階で、この日記を書いてます。さあこれから…ってところで、集中力が切れました。(^.^;)頭の中で曲が大方出来ているという安心感も手伝ってます。(^.^;)
 そんな痛い毎日を過ごしていて、今日の事、母と話しました。本当に痛くて厄介だと。そして母が一言。
 「でも治してて痛いんだから我慢しなくちゃね」
 全く以てごもっとも。言われる前からそう思って頑張ってましたけど、あらためて言われると気が楽になる部分ってありますね。
 …しかし今日の内容…猿作でやっても良さそうな内容だったなあ(^.^;)ネタ取っておくんだった(^.^;)

お彼岸なんです

3月22日(土)
 え〜、今日も未来旅行して来ました。とんでもなかったです。(^.^;)
 超激混み状態。待たされること40分。ようやく待合室から診察室内の椅子に移り、更に待ちます。ついてなかったなあ。というのは、オレの前三人がお子様。(^.^;)三人とも同時に処置してるのに、1時間も待たされました。子供って本当に大変なんですねぇ。(^.^;)
 その間、手こずる処置を尻目に、診察は何と50人もこなしてました。こ〜ど〜も〜!!(メ▼。▼)y- ̄ ̄ ̄おら〜
 さてその待っている間、ぎゃあぎゃあ泣いている子供あり。女の子でした。あまりに笑えたので、実況でお届けします。
 「ギャ〜〜〜〜ピ〜〜〜〜〜〜〜ギャ〜〜〜〜〜ピ〜〜〜〜〜!!ばあちゃああん!!ギャアアアアアアアアアアアア!!…うんぎゃああああああああ…おしっこおおおおおお!!」
 ちなみに処置中は、とてもおとなしかったです。(^.^;)痛くも何ともない処置だったんですねぇ。
 帰宅後、毎日子供を連れて両親に面倒見させている妹に教わりました。おしっこというのは嘘だそうで。(^.^;)
 今日の処置は、出っ張りを削ってから液体窒素をあてました。削ると言われ、グラインダー系を想像していると、取りだしたのはメス。当たり前といえば当たり前。(^.^;)でもお陰で安心して見ていられました。
 ところがです、削ったところに液体窒素というのは、削ってない時の何倍も痛いんですねぇ。当たり前かも知れませんが、今日は本当に辛かったです。本当に早く治したいもんですよ。
 帰宅後は、昨日に引き続き、小林恭バレエ団の構想を練りました。先ず一曲目。これはとてつもなく早く上がりそうです。明日一気に仕上げて終わりって感じです。
 今日アップした超強行軍第二弾、ちょっと読んでて抵抗ある人いるのでは?でもなあ、書いちまったもんは仕方ないよなあ。うん。別にオレ、オカルト好きでも何でもないです。昔ながらの人間なだけなのですよ。
 でも案外早く終われたのは、MacWorldExpoの時と違い、比較的日数が開いてなかったからだと思います。記憶がまだまだしっかりしてましたから。いい教訓になりました。
 さて、お彼岸です。ここは田舎です。東京では無かった事をしなければなりません。親戚が集まってきます。オレは長男。接客。しんどいなあ。苦痛を隠して作り笑顔(^.^;)でも痛いもんは痛い。刻一刻と時間は過ぎて行く。ということは締切が迫って来るという事。そんな中、一曲目が早く終わりそうだというのは、本当に気持ちが軽くなりました。
 明日は早速恭先生にお電話です。後の曲についても、また上京して打合わせになります。その日程も含めて相談です。ということは…日程さえ良ければ、またタダ旅行で川中島リベンジかあ!?…いいのかよ、これで(^.^;)

超強行軍!!

3月17日(月)
 今日も今日とて未来旅行。痛い痛い未来旅行。
 今日は初診の時と違い、治療を見る事が出来た。だから尚更に一層その上しかもばってん!!…痛かった。(^.^;)
 慣れとは本当に恐ろしいものなのである。今日治療を受け、あれだけ痛いというのに、その痛さの根源である液体窒素に浸した綿棒(普通のよりずっと太いしデカイ)を、看護婦さんは何の躊躇もなく手でよじり、いい形にしていたのである。これにはさすがに驚いた。そして痛がりうめく自分が少し恥ずかしかった。
 とはいえ、触っている時間自体が全く違うので、こちらだけ痛くても仕方ないのかも知れない。
 さて、先週よりずっと痛かった今日の治療なのだが、当たり前である。15〜16日の超強行軍が災いし、イボは悪化してしまっていた。
 今、毎度お馴染ナビバーを変更してしまい、サイトの改編を伴ってのアップになるため、苦戦している。だからこの旅に関してはもう少し待って頂きたいのです。ごめんなさい。m(__)m
 とにもかくにも、世の中にはこれだけ沢山の、オレと同じ短絡的且つお得狙いな人がいるものだ、と実感せざるを得なかった。
 事の発端は、ホルンの世界で言えばウチの師匠、田中正大氏や、そうではないが偉い((^.^;))千葉馨氏と同格の、バレエ界の大御所、小林恭先生が会って下さるというところに始まった。
 何でも有り難い事に、自分を使って下さるというのだ。ようやくである。ようやく、本当に長い間の苦労が報われようとしている。
 思い起こせば、学生の内からホルンで売れちゃってちやほやされ、おばさま方のアイドルみたいになってしまい、右も左も分からずやれ皇室だ、やれブロードウエイだ、何だかんだ…
 その後オケを辞め、作曲を始めたのだが、それ以来、ようやく、ホルンでお付き合いしていた方々と、作曲家としてお目通りかなう様になった。ようやく一安心。
 しかし、オレだけではない。世の中の今の偉い人たち、やはりオレと同じ位の謎の空白期間のある人って、そこそこの数いらっしゃるのだ。これには驚いてしまう。
 それだけ厳しい世界なのだなあ、等と思いつつ…やっぱにんまり(^.^;)だって嬉しいもんは嬉しいですよ。
 某題名があるかどうか分からないテレビ番組で、司会ではなく、指揮でかなりな数出演した方と、どうやらもめたらしい、そこでいっその事若くて芸風の合いそうな人とやりたい、芸道の主宰、岸哲生に小林恭先生が、そうお声をかけて下さったのだと伝えられた時、正直喜ぶ事に躊躇した。何故なら、ぬか喜びになるのが嫌だったからなのである。
 それが月日を経て、いよいよ会って話そうというところでも、まだ半信半疑な部分があった。これだけ苦労すれば当たり前なのかも知れない。苦労長くて性格も悪くなってるし(^.^;)
 そして小林恭先生により、天下御免の…というより、打合わせの分とかの交通費出してあげますよ(^o^)という有り難〜い一言を頂戴し、オレより岸哲生が喜んでいるのに苦笑いしてしまった。(^.^;)
 理由はとてつもなく単純。6月に公演があるのが小林恭バレエ団、そして芸道は7月、つまりついでに芸道の稽古にも行けてしまう、岸の腹は一切傷まなくて済む、天晴れ!!(^.^;)
 オレとしても、その方が楽だからいいのだが。(^.^;)
 今はまだ、公演終了後の評価が出ている、という段階ではないので、本気で喜べずにはいる。でも、かなりな数の本番を一緒にこなした福…おっとっとっと…あの題名があるんだかないんだか…の指揮の人((^.^;))の後継というのは、自分がホルンでやっていた所に戻るということ、これは素直に喜びたい。ようやく帰って来た。
 もしコケたとしても、それは小林恭先生への申し訳なさだけが残るだろうなあ。だから絶対に全力は尽くそう。それでもダメだったら、やっぱコンペの虫になろう。そんな事を考えました。
 そんなわけで、小林恭先生との面談は16日の夕刻からとなり、ネットで調べた結果、ヒットしたのが『フリーパス』という切符だった。
 これはもう、JR東日本が狂ったとしか思えない、ひどい、というか有り難い切符だった。12000円で2日間乗り放題、しかも特急OK、更に四回まで座席指定あり、更にクーポン券が付いてて駅弁その他が割引、という代物なのである。
 新津〜東京の片道運賃にほんのちょっと足しただけの金額。これは使おう、更に二日間目一杯使おう、どうせなら上杉謙信公の足跡を辿ろう、等と考えた結果、始発で出て翌日の終電で帰宅…
 帰省ラッシュを彷彿とさせるひどい状況でした。しかも駅が近付くと、車内で切符を一斉に探る乗客、その手には…オレと同じ切符が(^.^;)
 当然指定なんて取れっこなかったっす。(^.^;)最初と最後、ひどい状況でした。
 そんなわけで、近日中にアップするのは、『弾正』という名前のルーツ、上杉謙信公の特集です。ついでに『弾正どっとこむ』なんだから、『弾正』についても知っている限りの事をご覧に入れたいと思います。
 超強行軍は、こんな感じでした。5:35の始発で新津駅を出発、超激混み新幹線ときで高崎へ、そこから長野。もるとさんのガイドで善光寺を見た後、一路新宿へ。芸道のBS版「王様のブランチ」の収録をスタジオまで見に行っておかちんとハグハグ(謎)、更にN島が登場してチーチーが呆れ、その後はキッシーと飯、やよちんと打合わせした後で再度キッシーと合流し別件の打合わせ、んで寝ました。
 翌日は仮面ライダーファイズで起床し、一路米沢へ。超激混み山形新幹線での往復となった上、バスも殆ど無いので8キロを急ぎ足で歩き回り、いよいよ小林恭バレエ団へ。キッシーと駅前のマックでハンバーガーを買い、ぱくつきながらジオベースの我夢と藤宮(ウルトラマンガイアとアグル)と全く同じシチュエーションだと悦に入った上(本当に全く同じシーンがありました)、並び順がアグルの方だったので更にご満悦でいよいよバレエスタジオへ。恭先生と濃い話しをしてから終電で新津へ。
 隙間なく埋め尽くされた見事なスケジュールでした。帰って来ると、流石に足はボロボロ、痛いわしびれるわで大変、更にそのため寝付けず大変でした。
 作曲家として、クラシックでは始めてメジャーなお仕事となるこの公演は、今回はハチャトゥリアンのアレンジで私の登場となります。公演は6月、王子駅前の「北とぴあ」で。次は作曲!!頑張れオレ!!

痛すぎた未来旅行

3月11日(火)
 皆さん、未来旅行ってどうすればいいと思いますか?
 時空を移動する為には光速を超える速さで移動する粒子が必要な近代物理学だったりします。更にもう少し前の理論では、ブラックホールの巨大な重力による空間の歪曲が観測された事から、マイクロブラックホールを二つ高速回転させれば亜空間のゲートが出来る、だからその回転の調整で、って事になります。
 バック・トゥー・ザ・フューチャーでは発明家の発明だけで逃げてました。(^.^;)更にエーテル理論、これは真空とは何も無い状態ではなく、エーテルという物質と反物質の中和した、中性的存在の粒子がぎっしりつまっていて…という理論。こいつらを何とか動かせば空間は曲がる。
 話が何だか時空からワープ理論になって来た様ですね。(^.^;)
 だがしかし、忘れてはいけません、もっともっと手っ取り早い方法がある事を。一時テレビでよく見た実験を覚えてますか?金魚を網ですくって液体窒素の中へ、すると金魚は仮死状態となり、常温の水の中に戻すと元に戻るという実験。仮死状態で時間を過ごし、起きてみれば未来。簡単です。
 この方法で実際に不治の病で余命いくばくもないと診断をされた人や、未来で生き返る治療法が発見されるという希望を持つ人を相手に、本当にやっちまってる企業があります。確かアメリカだったと思います。
 古いSFでも、コールドスリープで長距離移動するというのがよくありました。あれですね。
 今日はこれを期せずして体感する機会を得ました。ただ、その時になるまでこんなことをするなんて、夢にも思ってませんでした。
 話は少し時間を遡って、ふとした切掛けで有名なファーストフードのチェーン店へ。時間調整です。というのは、ほんの数年前からの事ですが、私はたまにびっこを引く事がありました。理由は右足の裏がボロボロだからなんです。素人判断で魚の目が沢山出来ていると思い込んでました。いい加減痛いので、今日は治療へと、郊外の皮膚科へ。ところが着いてみると、診療時間の30分前だったのです。駅から5分という立地の我が家、郊外となると小旅行です。そこで、近くのその店で時間調整。
 新津の郊外は、うおっ!?(・O・; ア、アメリカか?ってな佇まいです。もう無国籍。この狭い島国にはおよそ似付かわしくない、巨大な駐車場を完備した大型店舗(低層建造物)が並んで(?)ます。郊外で駐車場が広いから、並んでと言っていいものかどうか(^.^;)まあ、軒を連ねて…これも違うなあ、何だろう?とにかく広い区画にそういった物が集中的にあります。
 教科書に出てくるアメリカの歌のCMで有名なK○Cもその中の一つ。市民は「唐揚げ屋」と親しみを込めて呼びます。もちろんこの立地です、ドライブスルーも完備!!
 時間潰しなのでドライブスルーを文字通りスルーして店内へ。カウンターの脇には窓があって、そこでドライブスルーの受付もします。
 閑散とした店内、お客さんは二人でした。そこへオレで合計3人。それとは裏腹にドライブスルーは絶好調。さすがは新津、田舎です。( ̄^ ̄)
 注文をという事で、東京では必ずこの店で食べていたビスケットと、ホットコーヒーをオーダー。すると、ドライブスルーの為に店員さんが窓を開けた瞬間、メニューが離陸。『コロンビア!!』と心の中で叫び、不謹慎だと思いつつメニューを叩き落としたオレでした。
 さて会計、無情にも舞い上がるであろう千円札をあらかじめ押さえて差し出したオレに、店員さんは苦笑い。
 待たされて出てきたビスケットは、東京のストックをそのまま状態とは違い、うまかったです。ほかほか、ふっくら、表面はカリカリ。めちゃうま。(^o^)
 すっかりご満悦で時間調整を果たしたオレは、皮膚科へと行きました。ピッタリの時間なのに、あっという間に駐車場は混んでました。そして入ると、患者さん達がひしめき合ってました。
 …そろそろ来たなあ、タイトルのボケはこの辺りだろう…まっだだぴょ〜ん(^o^)
 まあ、歯医者さんの時の日記もありますからねえ(^.^;)見え見えといえばそれまで。
 番号札を取って受付終了、順番待ちです。とてもわくわくしました。いよいよこの苦痛から開放される時が来た(^o^)順番待ちも今か今かとどきどきです。
 番号が呼ばれ診察室へ。室内で椅子が四脚。そこで更に待ちます。四人の中では一番だったオレ。ちょっと勝った気がしてました。(大謎)
 ところが、中々順番が来ません。理由は、とてつもなくよくある物でした。病院といえば暇つぶしの年寄り。一人前の方、ご老人。ひたすら喋ります。ひたすら先生に質問。それがいわゆる医療のマメ知識。診察終わってるのなんてとっくにバレてますが、負けません、というか気が付きません。空気を読めよ。(^.^;)
 若いのが四人、痛そうに、具合悪そうに雁首並べて座って待ってます。笑顔なんてありません。ひたすら苦痛を訴える、ちょっと情けない四人の若造。(^.^;)
 ようやく先生がその状況を脱し、開放的な笑顔でオレを迎えてくれました。(^o^)
 診察…あまりにも意外、というか、むしろ当たり前な診断でした。オレがずっと魚の目の大群だと思っていたのは、『イボ』だったのです。普通これは、出来てもすぐ無くなってしまうのだそうです。何でもこれは、ウイルス性疾患で、健康な人には直ぐに治すだけの抵抗力があるのだそうです。案の定そういう事かあ、と納得してしまったオレ。(^.^;)
 何でもここまでひどい人は、この激混みで大評判、大学病院『から』患者さん回される様な病院でも、過去に一例しか無かったのだとか。こういう時のお医者さんは、本当に嬉しそうに笑いますねぇ。(^.^;)
 そして治療。明るく爽やかに、先生は言いました。
 「液体窒素当てて治療しますから、痛いですよぉ(^o^) でも二日位で痛みは取れますから。週一回この治療をしましょうね。早ければ3〜4ヶ月、大体は一年位で治りますから。(^o^)』
 まあ、痛いのには慣れてるからなあ、オレは。注射とか、もう何ともない位ですからねぇ。んで、いよいよ治療。治療しにくいからと、ベッドの上にうつ伏せにされました。つまり、足の裏の治療は全く見えない状態。
 痛いんだったら、麻酔とかしてくんないかなあ…まあ、無理だろなあ、これ位の事では。覚悟は出来ました。
 ズキッ…いってえええええ ズキッ…いててててて この繰り返し。(^.^;) マジで痛かった。
 薬を塗って、起き上がりました。初めて治療器具一式を見ました。薬瓶の様な物から冷ややかな湯気(?)が、ドライアイスよろしく下に向かって流れてました。
 「これが液体窒素ね。マイナス190度で一気に冷やします。これでウイルスやっつけますからね。」
 あのテレビで見た金魚、実は痛かったんだなあ。よく分かりました。この激痛、未来旅行する為には全身で感じなければいけないんですねぇ。絶対やだっ!!

 さて、さすがはお医者さん、しっかりおまけもついてきました。小さな小さな水虫発見。このイボと水虫で、帰宅後騒動に。
 ウイルス性の疾患であるイボと、彼の有名な水虫。対応策は全く同じ。感染しますから。専用のバスマット。スリッパも専用。その他諸々…
 今未来旅行をすると、もれなく家族に仲間外れにされる特典付き!!(^o^)b

暴れん坊議員

3月 9日(日)
 早えぞ、一週間!!(^.^;) もうちょっとゆっくり時間が過ぎて欲しいと思う今日この頃のオレだったりします。
 実は今、ボランティアである曲のカラオケを作っております、というか作りました。今日終わりました。それが、この新津の歌の一つ。埋もれたから復活させたいと懇願され、お世話になった人たちなのでやってあげる事にしました。
 打ち込み終わった所へある市議会議員さんがいらっしゃいました。彼の口をついて出る話どれもこれもが、常日ごろこのオレ自身、新津市の行政に対してダメ出ししてた事だったのに驚かされました。
 東京チェンバープレイヤーズの新津公演のプログラムで、ぼやきに近く書いた事、それが『七色の池』についてでした。
 ある日の事、某週刊誌でライターをしている、私の身内にはお馴染の5月に結婚する彼ですが、そいつと一緒にこの新津を訪れた事があります。何とかこの街にまた元気をと、その一心で彼を連れて名所旧跡を回り、プロデュースをしてもらおう、という腹でした。
 新津駅で二人を待ちかまえていた物を見て、二人は絶句。駅を出て目の前にデカデカと掲げられた看板にはこう書いてありました。
 『新津市にJリーグを』
 オレ半泣き状態、彼苦笑い。嫌な予感を抱きつつ、一度実家へ寄ってからいよいよ名所旧跡巡り。大概の物は、秋葉山周辺にあります。この秋葉山、戦国時代は山城でした。
 さてその一帯に入ろうか、という所にあるのが、『七色の池』です。これは民話にまでなった、ローカルでは超メジャーな池なんですね。地中奥深くの原油が染み出して、水面がうっすらと七色に光るところから名付けられました。
 ところが、どこをどう探してもその池が無いんですよ。彼、K氏としましょう、Kが少し弱り気味なのを察し焦るオレ。しばらくするとKが、疲れた弱々しい笑顔でオレに言いました。
 「佐々木さん、もしかして、これぢゃないの?」
 彼が指差したのは紛れもなく昔からあった『七色の池』の看板。場所も昔のまま。あれ?この看板あったっけ?まあいいとして、どこをどう見ても七色の池はないんです…が、ありました。
 かつて七色の池があった場所に、総煉瓦造りの謎の浅いプールが。
 ち、ち、ち、直方体!!しかもどこの公園にでもあるような、夏に幼児たちが水遊びする様な、少し間違えば噴水でも仕込んでありそうな直方体!!更に水は奇麗な水道水!!
 疲れた顔でKは言いました。「佐々木さん、帰ろっか。」
 丸で考えてません。くどいようですが、観光化するというのは、『人が行きたがる場所』を作る事に他ならないはず。自宅から歩いて一分の公園にある様な物を、わざわざ交通費払って見に来ますか?
 しかもですねぇ、沼に近かったあの自然の一部に他ならない『七色の池』を『埋める』という行為自体が、歴史を考えとらんというか、アホに他なりません。
 今日来た議員さんは、こういった事をつついては暴れているそうなんです。(^.^;) まあ、やり方は人それぞれ。でも言ってることは絶対間違ってないんだから、それでいいんですよね。
 彼の話によれば、何でも桜がもっとよく見えるようにと、文化遺産にまでなった大木を切ったり、江戸時代に作られた堰を埋めたりしたのだそうです。んで、議会で暴れた時に出した文化遺産の目録の様な資料が、今はどこを探しても無いのだそうです。全く田舎というのは平気でこんなことします、されます。アホです。
 今回のボランティアで、文化的に力になってくれる人、というレッテルを貼られてしまったようです。でもなあ、そんな大げさな事考えられても、オレとしては少し困ってしまいます。
 ただ、確かに彼の様な議員さんが増えれば、アホな行政も少しはマシになるでしょう。結局は行政を動かすのって、議員さんではなくて役人なんですよね。日本って、ここんとこ間違ってるって分かってて、結局何もしないんだよなあ。
 いい加減、新津市も、新潟市も、新潟県も、田中長野県知事と役人の対立見て、反省して欲しいですよ、本当に。正論が通らない構造なんて、早く無くして欲しいです。
 とか愚痴愚痴言ってる今日のオレですが、突破口がほんの少し見えた気がしたのが収穫でした。頑張れ、ニッポン!!

らくらくホームトレイン

3月 6日(木)
 何ですかねえ、快速らくらくホームトレイン、今日乗る羽目に遭いました。ってのも丁度時間が会うのがこの列車だったんです。よくあるぢゃないですか、ほら、特急引退した様な車両を使って中途半端に速く、且つ安く、中途半端な距離を走る通勤列車、あれなんですよ。
 マニアックな名前出してもしょうがないので、解りやすく言いますと、その昔、新幹線が新潟へ行く傍ら、東京から新津経由で、つまり新潟まで行く手前で羽越線に乗り入れ、山形まで走っていた『L特急いなほ』の車両を使ってるみたいなんですねぇ。
 山形新幹線が開通し、役目を終え、今はもっと新しい車両が、白新線経由で、新潟発着の『いなほ』として生まれ変わって頑張ってるんです。古いからって捨てるのも何ですからねえ、走ってる車両も本望なんでしょうね。
 快速とはいえ、中途半端に飛ばすのがこの「らくらくホームトレイン」なんです。言ってみれば通勤快速みたいなもんでしょうね。
 ちなみに新潟を出ると、最初の停車駅は他の快速とは違い、我が新津なんです。他の快速はその前に亀田に停まります。だからちょっとだけ得した気分。それに加え、高校時代、山本先生のレッスンで乗り慣れたあの車両。長距離の旅行の気分に浸れました。
 L特急のいいところは、何と言っても自由席と指定席の座席にあまり差が無い事です。この快速、恐らく指定席の車両とかグリーン車は連結していないでしょう。でも充分満足出来ました。最近の車両って、本当にデザインもいいし、更に乗り心地もいいんだけど、どうも気になるのが自由席の座席の質の悪さなんです。一々差を付けなくてもねえ。だって乗る方は、安いから自由席ってわけでは無いはずですよ。350円位しか違わないのに。それで1万円超える交通費なわけでしょ?こういう特急みたいなのって。
 L特急の次に新特急というのが出てきたのをご存知ですか?L特急の制限速度が110キロだったのを、130キロにスピードアップして、新幹線にそっぽを向かれた地域に貢献するかの様に登場したんです。でも誰も知らないでしょう。何故なら、『L特急』って言わなくなったからだと思います。全部『特急』。まあいっか。そんなに変わらないと思うから。
 さて、日記さぼった昨日の分です。昨日は漠然と歴史のことを考えてました。今、日本人の人口の10%がクリスチャン。つまり東京都の人口とほぼ同じ、つまり10人に一人が『都民』、これってひどいですよねえ。(^.^;)
 んで、遡って江戸時代の華のお江戸から日本一の人口密度を誇った江戸の町。当時の江戸は、今の東京なんかよりずっと狭い地域を指してました。
 そんなお江戸も港町、近いとこでは横浜、横須賀。んで、江戸期に海外交易と言えば、長崎、福岡(中国・韓国)。んで幕末の開港は、長崎、神戸、横浜、新潟、函館。んでぼーっと考えていた事、それは、新潟と函館、ちょっと元気ないなあ、って事。
 新潟市内を歩きつつ、どうしたらこの街が活気づくのか?ってずっと考えてました。とても港湾都市とは思えない元気のなさ。
 更に、他の四都市と圧倒的に違うのは、素敵な洋館を始めとする『港町』の風情が無い事。早い話、観光資源が皆無。ここをどうしたらいいのか?歴史を考え、観光資源を考え、ああ、やっぱこうなるしかない街だったのかなあ?なんて思えてしまいました。
 でもまだ諦めたわけではありません。絶対にどこかに突破口はあるはず。今からでも作ればいい。何かが残っているはず。
 小学校の社会科で習うのは、そういった建物の類いは、旧県庁舎位なんですね。それがまた中途半端。とても観光資源なんぞにはなれない代物です。あの素敵な町並みは無い。この街にいて、開港した港町だなんて、微塵も感じることが出来ない。
 明らかに行政のバカさ加減を感じざるを得ません。恐ろしい程の大枚をはたいて、ワールドカップの為に球技場作って、毎年40億だとか、4億だとかの赤字計上。それに加え、今度は幕張メッセよろしく朱鷺メッセなる物を作り、コンベンションセンターでござい、全くそういった考えの根拠を知りたい。こういう物は、人を集める為に作っては赤字になるに決まってますって。人が集まる場所だから作る、ってのが筋です。一介の市民は皆知ってるのに、何で行政『だけ』が知らないんだろう?…
 この街に今一番必要なのは、普通の常識知ってる役人なのだろうなあ。

春嵐

3月 4日(火)
 あふさかの せきをやはるも こえつらん おとはの山の 今日はかすめる
 橘俊綱朝臣が立春に詠んだ歌である。春で和歌となると、正月の歌が数では圧倒する。正月は目出度い。確かに旧暦の正月は遅い。だけど、ああそうだけど、それだけではあらんやヤシの実あららくりーん。(^.^;)
 こんなにいい話なのにボケずにいられないオレだったりします。(^.^;)
 え〜、何でしたっけ?(^.^;) あ、そうそう、それだけではないですねぇ。文学少女ならもうお解りのはず。あ、それから歴史マニア、解ってますよねぇ。そうです、平安貴族の風習として先を争って季節の変わり目を発見する喜びというのがあったんですねぇ。
 今日の新潟は猛吹雪でした。強風吹き荒れ雪が舞う、積もる暇なく吹き飛ばされ、上から下から真横から、雪雪雪雪…………雪。
 まだまだ春なんて遠いなあ、なあんて思ったりする今日の新潟県民だったのですが、そんな中、今朝一番でお会いした方から季節を先取りする話題を頂戴致しやした。
 もう数日前から、ここ新潟でも始まってたそうなんですよ、春の風物詩、アレです。ん?何かって?今月の一言のアレ、そう、花粉症なんです。
 チラリとえんどーるとタッパの二人に、新潟で舞台をやりたい、春先なら花粉症から開放される、と言って、二人が大喜びした事を思い出しました。
 あったんですねえ、新潟にも。でも春の風は逆風、つまり杉のある山間部へ向けて吹くはず。何故だあ?なんて考えたのですが、答えは簡単でした。新潟は風が落ち着きないっ!!
 ただ、花粉の飛散量に関しては、関東に比べるまでもなく、おとなしい物であろう、等と推測し、自分が嘘つきになるのを本能的に嫌がってるオレだったりします。(^.^;)
 季節の中盤から変わり目にかけて、よく耳にする台詞が、『一体いつになったら〜〜になるんだろう?』です。今なら『春』、春は春で『夏』、夏は夏で…
 結局キリがないわけです。やはり、暦自体が季節に基づいているのではなく、地球から見た太陽の動きに基づいているところから来るギャップなのでしょうか?夏至が一番暑くなく、その後で地表に暖められた空気がもっと暖まらなければ、猛暑にならない、ってな具合ですからねぇ。
 冒頭の歌ですが、数ある和歌の中でも解りやすさという点では一段上にありますね。
 おとはの山が今日はかすんで見える。春も逢坂の関を超えたのだなあ。…ってな具合でしょうか?
 実際の所、どうなんでしょうねぇ?それではご当地大阪のくにもとさ〜ん…ん?くにもとさ〜ん…あれ?申し訳御座いません、音声が届いてないようです。m(__)m
 ところで↓2日の日記でガイアの事を書きましたが、どうしてそんなに?とか思うでしょう。ちょっと種明かししましょう。
 実はですねぇ、佐橋さんの音楽がどうのとか言う以前に、どうしても自分とオーバーラップするキャラクターがいるんです。それが『影のウルトラマン』とか『もう一人のウルトラマン』とか色々な呼び方されている、『ウルトラマンアグル』なんです。
 自分の境遇だとか物の考え方、そんな部分はほんの少し共感を覚える程度にしといて(?)自分にとってはとてつもなく良い解決法で復活を遂げてくれたのが、このウルトラマンアグルなんです。
 まあ、何言ってるのか解らんでしょうが、それでいいとしまして(^.^;)それだけでは無いんですねぇ。あるクセが同じだったんです。(^o^)それは何かというと…
 球技といっても色々あります。でもどんな球技でも、決まった!と思った瞬間、後ろを向いて去る、という鼻についてどうしようもないクセがあるんですね、オレ。(^.^;)
 解りやすいのは、ボーリングでボールを投げた瞬間、ストライクだと思うと、もう振り向いて歩いてます。んで背後で本当にストライク。鼻につくでしょう?(^.^;)
 いつからなのかはっきり覚えてないんですけど、何やってもこれやっちゃうんですね。もしかしたら、小学一年生の時に既にやってたかも知れません、ボーリングで。
 んで、アグルというキャラは、主役のガイアとは対照的な戦い方をするんですね。ガイアが武骨な肉弾戦、それに対してアグルは、光の力を考え抜いた洗練された戦い方。
 解りやすく言うと、ガイアは一所懸命、アグルはワープして敵の直上から真下に向かって跳び蹴りしたり、とにかく頭のキレる戦い方なんです。
 そして最後、火が点いたら消火活動したり、アグルが無節操に破壊して飛んだ破片から住民を守ったりするガイアとは違い、アグルは、この怪獣死んでるの?という状態で既に振り向き歩き出し、彼の背後で大爆発。
 これって、やっぱ鼻につくクセでしょうか?(^.^;) なおそうとしてるんですけど、ついつい出てしまうんですねぇ。(^.^;)
 今朝の吾人、都合の悪いとこだけ季節先取りで悲劇ですが、平安時代ならもしかしたらヒーロー?
 オレったら、巨大化してこのクセやったら、もしかしてヒーロー?(^.^;)

ウルトラマンガイア!!

3月 2日(日)
 今日の某フジテレビ系(どこが某なんだ?)で放送された、福原愛ちゃんの特番。しっかり見入ってしまいました。そして二つの思いがこみ上げてきました。
 皆さん、只今お試し中で、プロフが変わったのにお気付きですか?多分とっくに気付いているでしょう。んで、『目標』のところに『佐橋俊彦さん』て書いてありますよね。誰なんだこの人?とか思ってるでしょう。
 まあ、熱い思いがありますので、それについては後日音楽の部屋でページを作りたいと思います。
 え〜、話を戻しまして、今日、愛ちゃんの特番の随所で、彼、つまり佐橋俊彦さんの作品がBGMとして使われておりました。それもこの日記のタイトル、ウルトラマンガイアの物です。
 最も多く使われていたのが、以下の定番シーンのBGM。
艦内放送(ジョジー)『Team Lightning, Launch!』(チームライトニング出撃せよ!)
梶尾(山瀬まみの旦那)『おーるちぇっく、ぐりーん、ふぁいたーわん、すたんでぃんぐば〜い』
北田『ファイターツー、スタンディングバイ』
大河原『ファイタースリー、スタンディングバイ』
梶尾(山瀬まみの…もういいって?(^.^;))『ちーむらいとにんぐ、しゅーとぅ!!』
 え〜、何で英語とひらがなとカタカナなのかって?そりゃ見ればわかります。(^.^;)
 空中基地エリアルベースから、六角柱形に変形したシグ・ファイター3機が射出口から射出され、大空で展開、戦闘機に変形するシーンです。
 このBGは、劇場版のCMにも使われた程インパクトがあり、とてつもなく広い大空をとてもよく表現している、爽やかな体育会系にぴったりな曲です。ウルトラマンガイアに変身する高山我夢の専用機、ファイターEXの飛行シーン等、他でも色々使われました。
 丁度今の時期、ウルトラマンガイアのBGは、旬なんですね。放映後しばらく経って、ようやく本来の本編以外に使っても違和感が無くなる時期なんです。
 だから最近、本当によく耳にします。色々な番組で、特に報道関係では引っ張りだこですね。過去にもこういった例は数多く、サントラ盤自体がBG集なもんですから、本当に定番のやり口になってます。
 ちなみに、これまでウルトラシリーズは殆ど日の目を見ずに来ました。ところが、流石は佐橋さん、凄いの一言ですね。
 過去の例としては、今となっては懐かしいRPGの秀作、『天外魔境』シリーズやその外伝の『風雲歌舞伎伝』等が、とてもよく使われていました。同シリーズの第一作では坂本龍一氏でしたが、第二作からは今を時めく久石譲氏を始めとする面々の作曲でした。
 そんなわけで今、ウルトラマンガイアのBGがかかってそうだと分かる人、そんなにはいないでしょう。でも分かる人は分かります。私ともう一人、岸哲生。(^.^;)ヤツも絶対分かってる!!…はず。
 何でわざわざ日記にこんな事を書くかというと、私は本当に佐橋俊彦氏が活躍するのが嬉しいからなんですよ。近々やらないとなあ、この辺の話は。うん。
 え〜、それが嬉しかったのと、もう一つですね、成長期にとまどい、壁を乗り越える愛ちゃんの姿、とてつもなく共感を抱きました。
 晩熟だった私は、高校生になってようやく普通の体形になれたんですね。そして突然ホルンがうまくなった。自分では何が起きたのか全く分からずにいたんです。でも理由は簡単。身体の条件がようやく整ったというだけの事でした。
 中学までの私は、自分の事を単純に鈍足だと思ってました。ところが高校生になると突然、50mも100mも普通のタイムが難なく出るようになりました。それを考えると、身体が出来上がったという事なんでしょう。だからホルンも突然うまくなった。ホルンというのは、彼の巨匠、ペーターダム氏に言わせると、成長期を意識しなければならない物らしいですから。
 そんな事を考えつつ思春期の愛ちゃんの姿を見てました。んで、壁を乗り越えたところを見て、あ、そっか、これが今の自分なんだな、なんて思いました。
 この短期間、HP閉鎖中という事ですが、こんなに短い時間で学び取った事の多いこと…本当に本当にプラスになりました。
 最近よく思うのは、ようやく自分が誰なのか思い出した、って事です。そしてそこに至るまでの間、友人達と一つの活劇に励まされ続けて来ました。岸を始め、ネットの皆さん、ソニーの梅ちゃん、編集長…
 そして太田愛さんを始めとする円谷プロの脚本陣の皆さん、スタッフの皆さん、分厚い壁に囲まれて右往左往している自分にしっかりと過去と未来を見せてくれた、あの素敵なドラマを作ってくれて有り難う。それは…ウルトラマンガイア!!
 別にふざけてません( ̄^ ̄)本当にガイアにはまる人、沢山いますからねぇ。(^o^)
 そして佐橋さん、あなたが活躍する程、私の自信になり、励まされます。ずっとそのままでいて下さいね。

天の声vsわたくし

3月 1日(土)
 風邪なのである。もういいって感じでしょ?続けざまに日記でこれだもんなあ…
 今日も病院へ。一応、O-157を疑いつつシロ、やっぱ風邪のせいだってんで、新しいお薬を頂戴した。
 今日はちょっとしたイベントがあった。もちろん入場無料で、福引きのような物があるとかで、母・○子は大はしゃぎ。病院へは『寄った』という風情で会場へ。
 以前からこういう家族だった。オレが車に跳ねられ、肋軟骨6本にヒビが入ったという重症で寝込んだ時もそうだった。見舞いを口実に、怪我人だというのに引っ張り出され、散々江古田界隈を歩き回った末、名物の『練馬大根』というお菓子が売り切れだったためその足でサンシャイン60で買い物三昧。
 主犯は妹だった。東京の衣料品は地方からみるとかなり激安なのだ。電化製品もそうだが、妹は眼中に無い。途中、うずくまりつつ付き合わされた。
 今日も今日なのである。土曜日は元々休み。丁度いいからってんで、風邪で激しい腹痛に悩まされているオレを引きずり回した。
 福引き…母とオレの見解が見事に一致。8番の箱を選択。現金2000円、二等賞ゲット。お見事。
 サービスで、山形の芋煮が振る舞われていた。逃す筈もなく、三人で食う。タダだから文句は言わん。だが、明らかに肉が多過ぎ、ラーメンの麺を入れると丁度いい位に油が出ていた。
 カップラーメンのミニサイズ程度の量で満腹感を覚えた。下痢だっちうに(^.^;)
 帰り道、知り合いの経営する某ラーメン屋へ。出来るだけ食べやすい物をと注文したのがワンタン麺。これが間違いの元だった。
 スープ、うまい、麺、うまい、どれどれワンタンは?…一口食べた…納豆の味がした。
 どう考えても納豆は入っていない。つまり、少々雑菌が活動している状況だと思われる。下痢だっちうに。
 続けて食う…やはり納豆の味。これは残した方がいい…とその時、釈尊のありがた〜い御教え(みおしえ)が脳裏を過った。
 『残すな勿体ない』…食い物とは須く(すべからく)他の生命を絶つ事により生み出される。
 食うという目的の為生命を殺めた以上は、文字通り有り難く、つまり存在し難いという念を以てこれを食さねばならず、残すなどという事は、その信念によれば言語道断の愚行に他ならない…
 かつて釈尊は、知人の催した宴で出された毒きのこを、自らの山岳修業による豊富な経験により、一目でそれと判断し、『如来たる自分だけは耐えられる、だから自分は食すが、他の者の分は土に埋めよ』と曰い、毒きのこと知って食し、一週間寝込んだという。
 わたくしも、九州八十八ヶ所第二十八番札所、大日寺の信徒の一人、つまるところ、真言宗の信徒、即ち弘法大師の弟子にして、釈尊の弟子、御仏の弟子たる菩提心を持つ者の一人。謹んで御教えに従いましょう。
 結局全部食べた。だが…痛えもんは痛えっ!!釈尊の御教え通り、謹んで寝るっ!!
 ちなみに、医師により処方された新しい薬はよく効き、投薬後、すっかり元気になっただんぢょであった。