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6月の一言:Juneでぇす、長作でぇす、三波春夫でございます
いつか何とかなるのかよぉ??
6月21日(金)
今日はご立腹なのである。本当によくある話なのである。分かってる。だけど、だけど納得出来ん。気分を害してしまう。
道を歩いていた。いつもの道。お姉ちゃんがウオークマンを聞きながら歩いていた。つまり、普通に歩くよりはぼーっとしているのである。当然の様に追い越す為に脇を通過…駆け出すお姉ちゃん。でもすぐに追いつき、追い越そうと…駆け出すお姉ちゃん…その繰り返し。
自意識過剰。本当にむかついた。これしきの事で大人げない、等と思う人も多いだろう。でも、そのあまりのしつこさに、我慢も限界に来るという物である。
そんなに警戒するのであれば、オレの姿を一目でいいから見ればいいだろう?なのに、全く見ようともせず、勝手に逃げ出すお姉ちゃん。本当にむかついたのである。オレは、オレは、チカンでも何でもないっ!!単純に、普通のペースで歩いていただけなのである。なのに犯罪者扱いされた気がしてしまった。いい加減にして欲しいのである。
大体、電車内で、してもいないのにチカン呼ばわりされる、という事が多いというが、そんな電車内ですら、例え超満員の時でも、真っ先に『消し』扱いされて来たオレなのだ。そういった意味で、絶対に間違いを起こす様な人柄では断じてないはずなのである。
単純に怒っているだけ…みたいである。いつものオレの日記っぽくないのである。だから、それなりに分析してみよう。
まず、このお姉ちゃんは、一体何なのだろう?そこまで警戒するのであれば、先ずウオークマンを聞くのを止めるべきなのである。恐らく気付いている人は少ないと思うが、このウオークマンというもの、実はとてつもなく人間の注意力を低下させる代物なのである。
二つ前の我が家、懐かしき第二○荘の前の道路を工事していた事があった。角部屋の二階だったので、休日はぼーっとその工事を眺めていた。車など殆ど通らない住宅街の道。歩行者…自転車…極めてまばら。ガードマンさんは退屈そう。そこまで安穏とした工事現場なのに、ガードマンさんの誘導を完全に無視して穴に突っ込もうとする人たちがいた。共通点は只一つ。ウオークマンをしていたのである。穴に落ちる寸前、虎色の棒に当たってようやく気付く。勿論、ガードマンさんや現場の職人さんの声なんか聞こえるわけがない。ウオークマンをしているからである。つまり、ウオークマンは、はっきりと、聴覚のみならず、その他全ての五感に影響を及ぼしているのである。極端に視野が狭まっている。だから誘導しているガードマンさんも見えない、工事で開いた穴も見えない…
今日のお姉ちゃんは、真横に来たオレが、物陰に過ぎなかったであろう。そんなに恐いなら、ウオークマンを外せ!!
そして、オレの事を分析。腹が立っているのだろうか?…弱冠だが、違う気がする。面白くない?…これも違う。…では何だろう?あらぬ疑いを掛けられたわけである。そして、お姉ちゃんが逃げるのが一回なら、さほど気にしていなかったであろう。それが、4回、5回繰り返されたのに、カチンと来ている。先ずここで言えるのは、大して確認もしていないクセに、疑うというのはどうだろう?というところなのだろうな。それから、自分の行動。単純に、普通のペースで歩いていただけなのである。別に、身体の一部が触れたわけでも何でもない、只横を通りすぎようとしただけ。更に、狭い道なのに車がガンガンとばす危険な道で、このお姉ちゃん一人がのろのろ歩いていたら、歩行者が詰まってしまうのである。つまり、そもそも迷惑を掛けられたのは、このオレなのである。ああ、そっか、そういう事だったのかあ(^o^)
つまり、こういう事です。迷惑掛けておいて一方的に犯罪者呼ばわりするのは、『失礼』だ。…ようやく分かった。ああ、すっきりした。(^o^)
しかし、女性の自意識過剰が招くこういった誤解、本当にいつか何とかして欲しいですよぉ。
山本直純氏との思い出
6月19日(水)
突然、訃報が舞い込んできた。山本直純氏が急性心筋梗塞で。若い頃、本当によくご一緒させて頂いた。シティ・フィルで、武道館で第九をした時も、彼だった。本当に沢山の思い出を頂いた。
氏と師匠はとても仲が良かった。このところ、そうでも無さそうだったのだが、二人が若かった頃、沢山の逸話を残している。腹筋がつる程面白いのだが、どうしても公表出来ない。それがとてもとても残念なのである。もし公表してしまうと、お二人のイメージは恐らく一般の皆さんにとって、全てが変わってしまうであろう。
『オケ来た』…つまり、『オーケストラがやって来た』の打ち切り、そして『題名の無い音楽会』への出演。私がプロになった頃には、既に『題名』だけへの出演だった。とても楽しい思い出が、この番組を通して沢山ある。
『題名』は、本番はご存知の通り、故黛敏郎氏ゆかりの渋谷公会堂で公開録画が行われる。練習は、テレビ朝日のスタジオで行われる。初めて、プロとして彼に出会った日を一生忘れないであろう。何故なら、その出会いはインパクトが強すぎるからである。
来週のラヂヲ館でもお話ししようと思うが、テキストデータ派の皆さんの為、先取りでお伝えしますね。初めての出会いの時、私は、当たり前だけれど、ホルンの座席に腰を下ろしておりました。当時シティ・フィル首席で、その後群響首席からN響へ、そして現在N響ライブラリアンを務める渡辺克氏は、三年生の私を見いだしてくれた張本人。そんな彼と一緒に、ライブラリアンが楽譜を置いて回っている間、ウオームアップ。時間になると、山本氏が、スタジオの、重くて空気圧の戻りがきつい扉を開けて登場。初対面の私は、それまでの緊張感は何処へか、いきなり和んでしまった。そして、くっくっくっと一人で笑いを押し殺した。何故なら、『題名』の練習なのに、山本氏の出で立ちは…そうなんです、『オケ来た』のトレーナーを来ていたんです。向かって右、つまり左肩から一本のラインが下へと降り、『オーケストラがやって来た』の文字。向かって左半分、つまり右胸と右腹にかけて、巨大な氏の似顔絵、そして腰の上には横一線に、『Here comes the Orchestra』の文字が。これはもう笑うしかないではないですかぁ。(^o^)
その後、何度も何度も、この番組でご一緒させて頂きましたが、氏は、練習の時はずっとこの衣装で通していらっしゃいました。そして、他のお仕事でも、時折この服装を披露して下さいました。
氏の事を語ろうとすると、話題は一点に尽きると思います。決してピリピリしない練習、そして本番。神経質では無い、という事は、緊張しない、とか、集中力を欠く、といった事とはあくまでも別次元のお話です。彼は、その存在自体が、いい意味でリラックスさせてくれる、素晴らしい指揮者でした。そして何といってもお茶目なんですね。常に笑いのある練習。本番中にだって、皆さんには分からない様に、楽しく、きっちり笑い合って仕事させて頂きました。
初対面も強烈でしたが、その後、二つ、大きな思い出を残して頂きました。先ずは『題名』での事。この番組、マンネリ化して、何度も同じネタを使う番組としてお馴染でしたね。(^.^;)そんな中、実験ネタという事で、拍子が目茶苦茶な現代音楽を、指揮者抜きで出来るかどうか?というネタをやりました。この時、山本氏が練習に現れ、指揮台に上がるなり一言。
『こういうのはねぇ、僕がいない方がうまく行くに決まってるんだよね(^o^)』
アルバン・ベルク作曲の『管弦楽のための三つの小品』(OP6)を振りながら、終始笑顔を絶やさなかった氏。演奏は、目茶苦茶。(^.^;)
指揮者がこういった曲でいないとどうなるか?というネタなので、続いて指揮者抜きで練習。開始直前、
『みんなねえ、僕いないから、ちゃんと演奏するんでしょ?(^o^)』
…案の定完璧(^.^;) そして再び指揮台に上がり、一言。
『本番の時ね、僕を絶対見ないで。それで、僕いない時には、ちゃんとはずしてね(^o^)』
開き直っているのでは無いんですね。ちゃんと分かっていたんです、氏は。そう、バトンテクニックなんかより、もっと大切な事があるって。しかも他の指揮者とは違い、それは芸術性だとか音楽性だとかではなく、『音楽は楽しむ為にあり、観客を楽しませるのがプロ』であるって事を。
もう一つの思い出。それは前述で出てきた、武道館での第九。武道館は、生オーケストラにとっては苛酷な音響効果をもっております。コンサート用には成りえないんですね。でも、第九の人気があまりにも高すぎて、ここでやらなければお客さんが入りきらないので、仕方なくやってたんです。クラシックなのに、全員にPA付き。PA越しで演奏の邪魔をする大きな残響。悪条件に悪条件が重なります。本番の為、会場入りする以前から、シティ・フィルの全員が苦情を漏らしておりました。でも仕事、きっちりやらねば。
そんな中、ゲネプロ開始。山本氏登場。檀上に上がるなり、一言。
『僕の棒だからねぇ、この会場、最初っから合ってるかどうか分かんないから、助かるよ(^o^)』
一同どっと沸きました。氏の、こういった底抜けな明るさは、ずっとずっと観客を魅了し続けて来ました。日本にとって、至高の芸術の道を邁進する事こそが本線であり、他は邪道、という風潮が強いこの国で、もっともっと根源的な、音楽を楽しまなければいけない、という彼のポリシーは、これからもずっと私を支え続けてくれる事でしょう。そして現在、私の作品群を聴いて下さった皆さん、この日記を読んで、素直に首を縦に振っていらっしゃる事でしょう。
ヨーロッパ並のレベルを目指すならば、聴衆がここに気付き、若いプレイヤー達を本当に面白く育てなければいけない、この観点に立った時、如何に惜しい人を失ったか、よく分かります。
皆さん、この路線は断じてなくしてはいけないと私は思います。私はこれからも、ずっとずっと頑張って行こうと思います。そしていつか、彼の様に作曲のみならず、指揮でも忙しくなる日がもし来たら、応援して下さいね。
ボタンの掛け違い?
6月18日(火)
何だかなあ…起き抜けに、ゴミ回収車が行ってしまった。完全に忘れていた。ゴミの日。また金曜日まで燃えるゴミとお付き合い。曜日感覚丸でナシ(^.^;)
そんな一日の幕開け。時として、朝のパターンが丸一日続く事があるのは、少し不思議である。パターン化して記憶する為、という説がまことしやかに語られていたりするが、今日はそんな考えは起きなかった、つまり記憶のシステムのせいでは断じてないとしか思えない日であった。
作曲、作曲、作曲…楽しい(^o^) 芸道では波形処理、つまり編集までオレの仕事だが、きっちりとした仕事では、作曲とDTMだけで済む。つまり、楽しい事しか無いのである。うん、これはいい。しかもきっちりと責任を持って仕事、この自覚も嬉しい。芸道が無責任という意味ではない。芸道や小劇場の仕事と遥かに違うのは、先ずダメが出ない事。その代わり、売れなければオレの責任。プロデューサーが信頼してくれている。そのプロデューサーが困惑するとしたら、それは売れなかった時。その時、各方面に対してどうしようも無い立場になるのがプロデューサー。謝るだけでは済まない事だってあるのだろうなあ。そんなプロデューサーを裏切らない為には、一曲一曲精魂込めて仕上げないといけない。ホルンの現役時代そのもののプレッシャー。でもこれが心地良い。そしてこのプレッシャー自体が発想の根源にだってなっている。売れなかったら損益が計上される。それを被るのは出資者とプロデューサーなのだ。ずっと作曲家として活動する為には、これだけは決して裏切ってはいけない。100万単位のお金を動かす時、自分を信頼して頼んでくれる。これは凄い事だなあ。やはり。
昨日の収録後、納期についてハーフHPスタジオのディレクターさんと担当さんとお話し。多分明日には納品出来るだろう。それを昨日伝えた所、かなり驚いていた。それを見て狐につままれた弾正。これまでの経験を超えたリアクションだった。いつも一緒に仕事をしてきた、というのではなく、ハーフHPスタジオさんの場合は『富士見ハイランド』からなのである。つまり、ようやく二年のパートナー。『富士見ハイランド』では、序盤のピーターパンのパロディのシーンの背景音楽を手掛けた。上げたのは、一週間だったはず。その後担当さんが代わった。そして今回、特殊なCDなので、ディレクターさんが違った。つまり、極めて新鮮な現場だったりしたのである。
そんな二人にとって、弾正のペースというのは、経験の無いペースだったらしい。プロデューサーさんや脚本家さん、そういったずっとお付き合いしている人たちは、ノーリアクションだった。
いい加減、煮詰まって日記を書いている。煮詰まったとはいえ、残り二曲。たったの二曲。ちょっと疲れている。シークエンスソフトの新しい書類を、フルオーケストラに設定する、それっぽっちの事が、嫌になっている。疲れているだけなのだ。そしてそれと同時に、明日渡せる見通しがついたというのも、また気が抜ける要因になっているのかも知れない。それにしても久し振りだ。予告ホームラン的にカッコ良く仕事をこなすオレ…(^.^;)
ここに至るまで、この一年間、ずっとこれが出来ずにいた。だから、まだ終わっていない、まだまだ出来る、そういった自信を取り戻す事が出来たのは、とてつもなく大きな収穫だった。体調も良いとは言えない。そんな中頑張って来たのではあるが、どうしてもそのツケが回って来てしまっていた。だが、ようやく、具合が悪い時にどうしたらいいのか、具合が悪い時のペースをどうしたらつかめるのか、それが分かった。
ボタンの掛け違い…江古田の行きつけの店へ。S吉氏発見。そうなのである。今日は途中で仕事どころでは無くなってしまったのである。ワールドカップ。気が散って仕事にならない。その上、煮詰まってしまう。だったらゆっくりテレビ観戦出来る環境へ、二時間だけ身を置こう。…案の定である。店内満員。同じ体験をしたと思しき江古田の自営業者の面々が、ニッポンちゃちゃちゃ。ダメかぁ。勝てなかったかぁ。S吉氏とオレだけが残った試合後。相変わらずぽるとげ〜すの敗退を気にしているS吉氏。オレとしては、ラテン系を応援し続けて欲しかったりする。何故なら彼は、S吉だから。(^.^;)
大きなボタンの掛け違いだった。自陣の左翼のみをきっちりガードするトルコ。中田にボールが回せない。結果として、中田一人の巧さが目立った試合だったなあ。焦るばかりで中田の動きに皆付いていけなかった。それが大きなボタンの掛け違い。中田がノーマークなのに、わざわざ渋滞している所にボールが行ってしまう。しかもトルコの防御のせいではなく、完全に焦ったニッポンチームのせい。次、どうなるんだろう?これからのニッポン、どうなるんだろう?…そう、ワールドカップを見て思ってしまった事、それは武器や兵器を持たない戦争。ロシアの暴動、四年前のフランスでのフーリガン、更にその四年前のイングランド×ギリシャのフーリガン同士の乱闘…戦争をしないと、こういった所へエネルギーが向いてしまう様だ。これも大きなボタンの掛け違い。
帰宅後、また仕事。今度は落ち着いて出来た。そして夕食、仕事。そして先が見えて煮詰まる。何だかなあ…詰めが甘いなあ。うん。ニッポンそのものなオレ。ホルンで現役だった頃、ここをどうしてたっけ?…そう、人一倍の練習。練習嫌いだと思われていたオレは、皆練習している音大で練習しなかっただけだったのだ。今思うと、かなり練習していた。だから、10年何もしなくても、半年でお金が取れる演奏をする自信がある。詰めの甘さを克服出来た時、それは自信になった。そして経験が蓄積されて行った。…だから、今ここで頑張ると、何かが変わる、それは分かる。でも、それは今やる事ではない。何故なら…まあいっか。
ゆっくり、間に合う様にじっくり、明日は仕上げよう。ボタン掛け違えないように。そして、笑顔でスタジオから帰って来よう。明日になれば、次の日程が決まるし。マスター作成、これで仕事は完了する。そしてその次は…実はまたダブルブッキングだったりして(^.^;) そうならないよう、神様仏様、見守っていて下さいね。
まあ、ダブルだのトリプルを喜ぶようでなければウソなんだよな。早くそうなりたい。…頑張ろう
1年ぶり二度目(^o^)
6月17日(月)
今日は増谷さんのレコーディング。富士見二丁目交響楽団シリーズのCDである。生で増谷さんの熱演を聞く。DATでどうせ渡されるとはいえ、生で聞いたのとDATでは、全く理解度が異なる。本当に面白かった。
このCDについては、水曜日、つまり明後日のラヂヲ館で紹介させて頂きます。皆さん、聞いて下さいね。てなわけで、何だこのタイトルは?弾正は富士見との付きあい、長いのに。八坂の登場からだし、ソニー版でも参加している。つまり、とっても長いのである。なのに1年ぶり二度目?何で?しかも数字の次に漢数字(^.^;) これは、変換めんどくさいからでした。
これ、増谷さんとお茶したのがそうなんですね。増谷さん、本当に温厚で大人の方です。羨ましくなってしまう人格者。他の声優さんたちとは、素顔のキャラがちょっと違いますね。ずっと物静かで、ずっとニヒルです。今日も増谷さんの参加作品などから、ディア○スティーニの付録に至るまで、とてつもなく幅広い話題で盛り上がりました。そして津島さんと次回作のお話。津島さんは、このシリーズの脚本をずっと担当してらっしゃいます。弾正じゃなければ分からない相談というのがありまして、これについては次回作の予告等が正式にあるまでは、伏せさせて頂きたいと思います。もしかしたら弾正、声優デビューかも(^.^;)
さてさて、帰り際、増谷さんにリンクを貼らせて頂く旨を伝えたところ、快くご承諾頂きました。あともう少しでお友達になって頂けるかも…なんつーのはこちらの勝手な解釈(^.^;) これから先、どこまで富士見で使って頂けるか、ってとこですね。
どこまでって事については、ちょっとこれまでの絡み方と繋がって来るのですが、JUNE関連のお仕事では、僕の本来の力というのは、まだ誰も知らないと思うんですね。芸道のCDを全て聞いて頂いてる方から見ると、そう思ってしまう部分があるでしょう。つまるところ、ここはこう、そこはそう、というレイアウトという作業がありますが、富士見で弾正を使うのであれば、ここはモーツァルト、ここはマーラー、というところをまださせて頂いてないんですね。まあ、もっともっといい部分、という事になれば、弾正である事を望まれる、という部分に尽きるのではありますが、富士見はあくまでもクラシックを使うという大前提があります。だから、その条件下で最も僕の強い所を出すのであれば、やはり『ものまね師』として使って頂くのがベストではないでしょうか?
それに絡んで、とんでも無い提案がJUNEさんからありました。これまでの芸道のCD全作品の提出、それからベスト盤を作成、販売。MDとかカセットの分も一緒に提出してみようかな。それで全て聴いて頂けるという事は、ものまね師たるところを存分に見て頂けると期待しております。特に、編集長は否定的でしたが、『ひのきヲ』なんかは、R・シュトラウス、ドビュッシー、モーツァルト、そして弾正(謎)と、いろいろ『演じて』おります。この辺りを見て頂きたいのですが、難しそうだなあ(^.^;)
…等と考えつつ、JUNEの通販だと、とてつもなく売れるというので、乗っかります。(^o^) 皆さん、買って下さいね。
日がな一日
6月16日(日)
いよいよ明日から、次回作のCDの製作開始。とはいえ、粗方構想は出来ている。ちょっとだけの余裕。そんな今日、久し振りに主婦に専念。
先ずは洗濯。裾上げする新しいズボンがあり、ミシンを持っていないので当然裾上げテープ使用。つまりはアイロン。そのついでにというので、アイロンがけをし始めた。夏のシャツ。形状記憶は久々に買った物。すっかり勝手が分からなくなっていた。傍らにのりを置いてやる気満々だったが、形状記憶にのりは無用。仕方ないので、普通のシャツを糊付け。この糊付けというのも、スプレーで済んでしまう時代。だったら形状記憶、別にいいや、とか思ってしまったのだが、デザインとかで選んだ物がたまたま形状記憶だっただけのこと。まあいっか。
ちょこちょこと掃除。本当にちょこちょことになってしまった。出来れば一週間位かけてちゃんとやりたいなあ。
梅雨の晴れ間、という予報だったが、しっかりと雨が降っている。夕刻になるとにわかに晴れた。とはいえ、不安なので室内に洗濯物を干す。丁度空調の前。ドライに設定してスイッチオン。やはり外よりは乾く様である。しかも涼しい、一挙両得。
晴れ間に買い物。アボガドが店頭に。一個100円。ところが、カビカビの物が2〜3個入っていた。なのでやめ。にら、食べたかったけど、悉く傷んでいた。これもパス。…っとその並びに、野菜炒めセット。あの、もやしが大半を占めるお買い得商品。この中に、活きのいいにらがっ!!速効で買い。帰ってから卵で炒めてご満悦。おいしかった。にら。やっぱ食べたいときに食べるのが一番なのである。
こんな新鮮さとはあまり縁の無さそうなスーパーだが、もう一つ。牛乳である。久し振りに買った。恐らくは3年振り位ではないだろうか。そのため、どうやらお腹が縁遠くなってしまっていた様で、飲むなりトイレへ。情けない。これが、このお腹のせいなのか、鮮度が落ちているせいなのか、未だに謎。もし他の牛乳を飲んで同じ現象が起きれば、お腹のせい。でも、どうしても試す気になれない。そりゃそうだ。参ったのである。
さて、昨日の韓国に非難轟々な私の身内なのである。ぽるとげ〜すを一番応援していた彼、すっかり肩を落としていた。仕事柄、かつてポルトガルへ再三渡航し、未だに長期の休暇が取れるとポルトガルへ行く彼。そんな彼から見ると、『約束が違う』という事になる試合だったようである。『理由が幼稚だ』とも。第三者ながら、私も同じ事を考えてしまう。韓国とポルトガルは、引き分けで両者決勝リーグ進出だったのである。それなのに、共同開催国であるニッポンが二勝一分けで決勝進出したから、それに合わせたい、というだけで、序盤から点を入れない試合展開をしておきながら、途中で手のひらを返した様に得点してしまった韓国。これでポルトガルは予選リーグで敗退が決定。
まあ、これは勝負なのだから、この考え方自体、世間から見たら甘っちょろいって事になるんだろうな。でも、強豪が弱いこの大会で、その中の一つ、ポルトガルには残って欲しかった。そう思う。
さてっと…やり残した事が多過ぎる。ネットラジオの編集も、来週からは楽になりそうだし、そろそろお待たせしている仕事を片付けて行こう。お待たせしている皆さん、今週、CDの制作が終わってから、順次片付けて行きます。本当に申し訳御座いません。
捨てたもんぢゃねえ(^o^)
6月10日(月)
ニッポンちゃちゃちゃの狂乱の宴から一夜明け、ロシアでフーリガンが大暴れという何だか釈然としない知らせを引きずって今日を迎えました。
ようやく、久し振りに『ニッポン』にいい事があったって感じでしたよね。まだまだ捨てたもんぢゃねえ、なんて思いながら今日一日を過ごしました。そして更に更に…またもや有楽町線車内で、再認識する事になったのです。
いわゆる阿呆という人々が、残念ながらこの世には存在します。こいつらに関わると、無駄に争い、無駄に時間を消耗し、下手をすると怪我したり死んだり、更に下手をするとこっちが加害者になったりする事すらあります。
西武有楽町線というスーパーマニアックな路線…まあ、駅はたった一つ、新桜台なんですが、この新桜台駅が最寄りの弾正は、滅多な事では通らないこの路線を毎日利用しております。そして事件は、その滅多な事では通らない路線で起きました。
有楽町線は、小竹向原駅(『動物部屋』の『猫畑』のある駅)から、更に有楽町線経由で東武東上線へ乗り入れ、そして新桜台駅を経由して西武池袋線へ乗り入れております。この小竹向原〜新桜台間での事。いましたよ、今日も阿呆が。これ、正確に、『あほう』と発音して下さい。長くもない足をさも長そうに、誇らしげに組み、三人分の座席を一人で占有する、ガリガリで黒の上下のスーツ、いわゆる一生掛かっても上へなぞ行く事のない、その筋の『阿呆』が。そしてその前には、見るからに管理職という風情の、ロマンスグレーのナイスな壮年のおぢさん。
電車が揺れる度、極端且つこれ見よがし且つどう見てもカッコイイとは思えない、蚊とんぼの様な足が、贅肉など微塵も無い、背中等曲がるわけの無いおぢさんの弁慶の泣き所を攻撃するのであります。ああ、阿呆。
さすがに急所を攻撃され続け、そのロマンスグレーの紳士が耐えられなくなって来た様です。皆さん、こういった阿呆って関わらないのが得策ですよね。何故って、こういった事は、殆ど予期せぬ状況であり、日常生活に於いて、こういった時にどうするか、という思考自体が無駄な事なので、即断というのは、中々出来ないもんですからねぇ。だから、関わらないのが得策になっちゃうんでしょうねぇ。
ところがその紳士が、今日は見せてくれました。先ず一喝。『痛いです。』…ええ?よ、よ、よわ〜(^.^;) とか思うでしょう。でも、『一喝』という文字に注目して下さい。これは苦情ではありませんでした。警告でもありませんでした。完全に『指導』でしたね。この時点で、既に勝負は決まっていたと言えます。
すると、阿呆が阿呆らしいリアクションを。怒鳴り散らしました。丸で脈絡の無い、威圧したいという欲求のみで口から出てくる言葉。バカ丸出しです。本人はかっこいいつもりなんでしょうか?まあ、女性やお子さんは、素直に恐くなったりするんでしょうね。我々大人の男性から見たら、単純に、バカ。この時点で、阿呆は紳士の策に完全にはまっております。さあて、ここから先、面倒です。だからこそ関わらないという戦法が定着しているのかも知れません。ところがその紳士、やってくれました。
まず、『爽やか』を絵に描いた様な笑顔で微笑みかけ、更に言いました。『あなたの足が、私のスネ、ここんとこに当たってる、それだけですよ。分かりますか?』…当然全身を使って発声し、反論する阿呆。はじめは恐がっていたOLさん達も、この段になると、完全にあきれ果てた表情でした。でも単純に暴力的欲求を満たす為だけに怒鳴り散らす阿呆。
まあ、普通、こういった管理職系の皆さんは、ここで説教たれたり、社会常識を振りかざしたり、果ては第三者の迷惑を取り沙汰して阿呆を悪者として定義づけようと頑張るでしょう。でもこの紳士は違いました。『ああ、分かりました。車内も混んでいますし、こんな老体にあなたの靴が汚されるのも何ですからね。こちらはよけられないのですよ。』…余裕を持った爽やかな微笑み。それに対して完全に『悪者』ではなく『阿呆』と定義づけられてしまった『阿呆』、黙るしかありませんでした。
ニッポンもまだまだ捨てたもんぢゃねえぜっ!!(^o^) そして帰宅。ネットで、岡真奈美さんのページを拝見。聴覚に障害を持った方々と真剣に接している姿をあらためて見る。しばしば拝見しているページながら、阿呆を見てしまった後だけに、ことさら心が洗われてしまった。あんな阿呆がいるというのに、こんなに真剣に生きている人もいる。捨てたもんぢゃねえぜっ!!ニッポンっ!!バレーが弱くなってもサッカーは強くなった。野球でキューバに勝てなくても野茂、イチロー、伊良部、長谷川、石井…いっぱいいるっ!!
…あとは政治だな(^.^;)
眠れず…
6月 9日(日)
今日はえんどーるが出演する『パン屋の用心棒』を見に、阿佐谷のアルテパティオへと行った。相変わらず桟敷席のお尻の痛さは天下一品で、これに終始してしまった。(^.^;)
思いの外仕上がりは良かった。ただ、自分の肌には合わないなぁ。最近増えてきた、踊りが入る芝居。話自体はそこそこ面白く、えんどーるもうまかったが、ここんところで引っ掛かってしまった。踊りを入れるのであれば、もっと神経を使うというか、もっと慎重にやるべきだと思うなぁ。
まあ、アルテパティオの悪口に始まったのだが、ここの良いところは、舞台との一体感。狭い。でもそこがいい、という人も多い。でもなあ、役者の玉の様な汗がかかってしまい、オレはちょっと不快になってしまった。場合によっては、汗ではなく、口から…やめとこっと(^.^;)
相変わらずえんどーるは一人でうまかった。メジャーな舞台でも希少な程、彼女はうまい。お世辞抜きでうまい。はっきりと言えば、こと演技については、という限定条件付きであれば、ウエストサイドのマリア役の『控え』をやっていた、スーザンよりうまい。『控え』というのは、マリア役をしていた、ローリーに万が一の事があった時のみ出演する、という条件で参加していた、という事である。レベル的には、他のメインの役で出ている人たちよりはちょっとは落ちてしまうが、二人で大阪の地下街でデートするくらい仲良くなった彼女、ダンスがうまかったのである。そういえば焼き肉定食食べながら、日本の料理は高い、ってぼやいてたっけ。思わず指揮者とピアニストがホモで、痴話げんかでちょっとした騒ぎになってる事を愚痴ってしまったが、彼女はおとなしく聞いていてくれた。その上、何とかしようと動こうとまでしてくれた。つまり結果的に何もしてはいないのだが(^.^;)
とてつもなく話が飛んだが、えんどーる、お疲れさまでした。ブロードウエイのレベルを考えた比較でこうなってしまったのだが、日本国内では?という事になると、言わずもがなである。下手な売れっ子よりうまい。そして何よりも、これからグングンと伸びていく余地が充分にある人だ、という事を実感出来た。もっともっと上へ行けるだろうし、潜在能力という事になると、トウカイテイオーばりに、底なしという感じがしてならない。だから、えんどーるをこれからずっと大切にして行きたいと思った。もちろん、他にもそういった役者さんはいる。はっきり言ってもう一人いる。それは、日本にとって、文字通り大きな((^.^;))存在になる可能性を秘めた『彼』である。このサイトでしかオレの事を知らない人には縁遠い『彼』だが、その内ラヂヲにも出てもらいたいと思う。
さてっと、日本が勝ったっ!!これに尽きるでしょう。今日一日をとても嬉しく閉められる。お陰でちょっと眠れず、日記を書いてしまっている。このゲーム、前半では得点の動きが無かった。にも関わらず、どうしても勝てるとしか思えなかった。それは、そう、あのサポーターの盛り上がり方なのである。これが彼等を勝たすだろう、と思いつつ見ていたら、本当にロシアに勝ってしまった。更に、前の試合であるベルギー戦では良いところの無かったトルシエ監督が冴えていた。はっきりと彼を見直した。これで最も大きな不安材料が無くなったと思える。このまま決勝リーグへすんなりと行って欲しいと、心の底からそう思った。頑張れニッポン!!
新たなる刺客@…
6月 8日(土)
今日はラヂヲ館の新しいCM録りでした。えんどーるの公演のCMですっかり図に乗ってまたまた弾正の登場です。え〜、月曜日になると聞けますが、あくまでもギャグですので、あまり本気にしないで下さい。(^.^;) あ、ただですねぇ、CDとか買って欲しいのは本音です。(^.^;) まあ、ご存知の通り、忙しさはとてつもない状況であります。
さて、新しいCDの方も順調です。とはいえ、まだ動けない段階ではあります。今度のは、声優の増谷康紀さん(未来日記ナレーター等)が大活躍なんですねぇ。皆さん、楽しみにしてて下さいね。詳しくは…まだ言えません。(^.^;)
ところで昨日、つまり8日の金曜日ですね、ちなみにこの日記は日付が変わって9日に書いてアップですが、…分かりにくいっ!!え〜、有楽町線に乗って思った事が。それは、恐怖とは何ぞや?て事です。
有楽町線というのがですねぇ、有楽町は元より、そのすぐ近くの新橋、あ、この二つに関しては、つながっていると考えた方がいいでしょう、それから池袋、という首都圏の名だたる『飲み屋街』を通過する、終電がアフター5よりも激混みする、とんでもない路線なんです。本当に嫌になりますよ、終電に乗ると。
そんな有楽町線の車内で思った事が、恐怖についてなんですね。人間って、どんな時に恐怖を感じるのか?って事です。あ、あくまでも、健常人についてですよ。
まず第一に、『何を考え、何をやらかすのか予測が出来ない物、事象、人に直面した場合』って事ですね。ホラー創世記の作品なんかによくあるのが、無表情を強調した確信犯の登場ですね。新興宗教で覆面してるとか、人形が動くとか、色々なパターンがありました。ちなみに平成版よりレトロなゴジラの方が恐いのは、ここんとこですよね。平成版は、表情が豊かなのが災いして、あまり恐くないですね。
それから第二に、『自分の思考や動作等が相手に作用した場合に、一切のコミュニケーションを断ち、且つ自分に対して著しい損害を与える、と予測出来る相手に直面した場合』…って、なが〜いっ!!(^.^;) これはあまり説明も必要無いかと思います。例えば暴君、それから格が違いすぎる上司、戦前の皇族、各国首脳、アントニオ猪木、長嶋茂雄…(^.^;) まあ、例はやめときましょう、社会的立場が違い過ぎる相手、なんか顕著ですよね。それだけでは無いですね。まあ、再来週のラヂヲ館でやってるネタなんで、この辺にしときます。
それから第三に、『体験や見聞の経験の無いフォーマットで象られた謎の生命体と遭遇した場合』ですね。これがまだ作り話ならいいんですけど、八つ墓村なんか洒落になってませんよね。実際、人権問題です、あれは。(^.^;) そんな悲劇、日本の至る所にかつてはあったみたいですね。まあ、それはいいとして、もし道を歩いていて、何の気なしに見かけた野良猫が、一つ目とか三つ目だったりしたら、恐いですよね。
まあ、他にも色々あるでしょうが、段々本筋から離れてしまうので、この辺でやめときます。さて、有楽町線の車内で、何故こんな事を考えてしまったのか?そうなんです、こういった奴等の宝庫だったんですねぇ。世間では彼等を、『酔っ払い』と呼びます。酔っ払いは世界で最も強く、向かうところ敵無し、されど周りは敵だらけ、無理を通して道理引っ込め、揚げ句の果てには他人の迷惑省みず、とてつもない醜態をさらします。
いかがですか?三つの例全てに当てはまりますねぇ。見事に。そうです、そうなんです、恐怖とは、いつもあなたの傍にあります。特に午後五時を過ぎてから…(^.^;)
さて、何が『新たなる刺客なのか?』って事なんすけど、以前私がこの日記で紹介した、『消火器型ライター』がありますね。あのメーカーから新たなる刺客がやって来たんですよ。
先ず、下の写真左が、『自転車の空気入れ型ライター』…まあ、前作、消火器型のテクノロジーをあますことなくそのまんま使ってしまった、脈絡の感じようが無い商品です。(^.^;)
そして写真右が、真骨頂、というか、これぞまさしく『パイカ』(メーカー名)と言っても過言ではないでしょう、『車のシガーライター型ガスライター』です。もう、これに尽きるでしょう。だってライターのフリしたライターですよ。パクリにも何にもなってないけど、そこが面白すぎますねぇ。(^o^)
しかもですねぇ、こいつら三商品、日本ではなく中国で生産してまして、そのため、ろくにガスが注入出来なかったり、火がつかなかったり…
だからこそ、シガーライター風が、面白いのですよぉ。まがい物的で。本当によくやってくれました。三つ共定価380円です。600円にしてもいいから、メイド・イン・ジャパンでしっかり作った方が売れると思うんですけどねぇ…(^.^;)
写真をクリックすると、別ウインドウで拡大表示されます

コリガ・ジャパン?
6月 3日(月)
え〜、ようやく明日、日本は初戦ですねぇ。ワールドカップ。少年時代、いつか野球をしのいで欲しいと願っていたオレです。でもそれは難しいかな?
今夜は飲み屋街を徘徊…というよりは通り過ぎました。某有名飲み屋街です、全国的な。ううむ、さすがはワールドカップ!!いましたいました、陽気な外人達。外から見えてしまう大型ディスプレーに映し出された映像は、どうみても膠着状態。こうなったら飲むしかない!!って事でしょう。いいですよ、いいですよ、折角遠くから来て、これではねぇ。まあ、その後試合は動いたのですが、諦めてしまっていた外人連は、普通の酔っ払いになってました。
そんな外人を尻目に、いつもながらおりました、普通の日本人の酔っ払い。ワールドカップ?来月だっけ?てな感じで。それでこそ日本人!!いいではないですかぁっ!!サッカー少年だったオレとしては不釣り合いな見解かな?でも、これが日本なんですよっ!!にわか愛国心は明日にならないと火が点くわけなどないわけです。それも酔っぱらったついでだったりします。(^.^;)
それとは別に、何となく白けたこのムード、どうも物悲しいなあ。ここで感じてしまったんですね、野球にはまだ及びも付かないんだろうなと。では何でか?って事っすね。久々の弾正的解析をお送りしますっ!!
先ず、何見るにしても、茶の間でビール飲みながらテレビで、なんすよね、日本人っ!!これでこそ日本人っ!!ビバビバっ!!ここからそもそも始まるわけなんですよぉ。そうなると、会場の雰囲気とか、生だからこその凄さとか、行った時だけ感じてりゃいいや、ってなもんですから、あくまでも茶の間が基本。そこへ来て、野球は点数がよく動き、サッカーは駆けずり回るだけ駆けずり回って、1対0なんてぇのがザラだったりします。つまり、臨場感を切った場合、圧倒的に不利になっちまう宿命を、サッカーは背負ってます。それだけではありませんね。ゴールマウスにボールが入ればいいのがサッカー。すげえやっ!!ってのは、それを1試合に何回も繰り返す事。…だけではないけど(^.^;) つまり何が言いたいかというと、これがホームランに匹敵する快挙、って事になります。片やホームラン、普通の得点方法はヒットによる進塁なのに、派手に飛んだボールによって言語道断で片付けてしまいます。これがサッカーには無い。
こんな事を考えてると、野球こそ思いっきりテレビ向きだったりします。ラジオでもいい位ですからね。日本人、いい加減に外へ出ようよ。CDばっか聴いてないでコンサート行こうよ。哀しいです。だって12球団言えても関東の12楽団、言えるの業界人位ぢゃないですか。あなた、言えますか?
さて、ここでご報告。今年も真っ盛りっ!!そうです、この疑惑の集合住宅では、所狭しと食える野草が生い茂っております。今年もすごいっ!!よもぎ、どくだみ、しそ、たんぽぽ…
なんか、薬効成分が凄いかも…和漢薬住宅みたいな?(^.^;) 引っ越してえよおっ!!
タイトル
6月 1日(金)
今考えてます。この日記のタイトル、そろそろ変えようかと。ジオでサイトを始めた頃、偶然知りあった人の中で、こちらから現在リンクを貼らせて頂いているのですが、偶然日記のタイトルが一緒だったんですね。ずっと気にはしつつ、今日に至ってしまいました。お互い、まあいいや、って事にしていたので大丈夫ですが。
それに、仕事が空いていると毎日になってしまい、タイトルと合わなかった事もありましたねぇ。そういった経緯もあるんですね。タイトル、難しい問題です、これは。
そもそも『日記』と言うならば、毎日が前提のはずなんですね。でも、古典なんかでは決して毎日では無いわけで、かの有名な土佐日記、それから芭蕉の奥の細道、まあこれは日記というよりは俳句を見せているのですが、毎日ではないですよねぇ。
まあ、そんなわけで、6月2日に日付が変わって書いているこの日記ですが(^.^;)、日記という物から考えても、随筆という事を考えても、結論としては毎日では無い事も前提にしたっていいわけです。それは個人の自由の範疇だと思います。そこでタイトルなんですけどね、このまま行こうかな?それとも変えようかな?なんて迷ってたりします。
深夜書いておりますが、これには理由が。(^.^;)先ず起きたのは午後1時頃。それから掲示板チェック、レスを付け、寝ぼけ眼で入浴しようと思いつつ全裸に…そのまま寝ました(^.^;) でも幸い、風呂は沸かしておりませんでした。あの古式ゆかしい(?)我が家の釜式の風呂なので、間違って火を点けていたら沸騰してた事うけあい。何故なら目を覚ましたのが、午後7時だったからです。それで、生活のリズムというのは恐ろしい物で、現在午前1時を回ったところですが、既に眠くなっております。(^.^;)
つまり、タイトルというのはシビアに発想の力を求められる領域なわけで、そんな事をこの状態で考える事自体が暴挙なわけで、…結局決まらんわけですな。それにしてもフランスが負けるとは…ほらね(^.^;)
いいタイトルを思いつきながら、思い出せません。すっごく気に入ったのに。確か徒然草を文字ったような気が…また考えます。最悪の場合、まあこれは可能性が最も高かったりするのですが、タイトルはこのままで行きます。
さてっと、サイトのお引っ越し、ちょっと手間取ってます。というのも、レジストラをどうするか?という部分です。業者に任せるのが最も楽ですね。今の私には、電話でやりとりするのが難しいんです。というのも、『.com』ドメインは、海外とのやりとり、つまり深夜なんですね。勿論土日を除く、って事になります。あ、アメリカ時間で、という事ですね。なので、これは業者に任せるのが前提って事になります。その上で、全部やってもらって安いところ…難しかったですねぇ。ようやく見つけた所からは、ラヂヲ館のヒット数がそこそこ多いという理由で断られてしまいました。ストリーミングってきついんですよね、サーバー探すのは。
それで、新しい所を見つけたのですが、ちょっと手続きで手間取ってます。今より安くて容量は倍、しかもレジストラについても業者任せ。いいですね、ここは。これを期にトップページをもっと見やすくしたいですね。別に、やる段取りなんて、サーバーの引っ越しでは変わらないんですが、気持ちの問題です。それに新しい所は、CGIがOKなんです。自前でカウンターとか掲示板作って、それを使わせてくれるんですね。これでいやな広告ともおさらばです。
しかし、ちょっと腑に落ちない部分があります。本来、プロバイダには、HP開設・公開代行業務があるわけですよね。何でもっとちゃんとやってくれないんでしょうか?今どき、ドメインを自前に変更、なんてのはザラにはなってきましたが、そういった部分だけを強化しておいて、どうしてサーバーの容量が増えないのでしょうか?だって、10Mとか13Mで、一体何をしろってんでしょう?別段、テキストデータのみを公開してるって事ならそれでもいいでしょうが、国を揚げてブロードバンドだって騒いでいるこのご時世に、そりゃねえよって思います。だって、ラヂヲ館一週分となると、軽く2〜3倍必要なんですから。
てなわけで、他にもタイトルが変更になるページとか出てくると思います。まあ、何れにしても日曜日の内に全部やっちまわないと(^.^;)
頑張れっ!!オレっ!!…それから皆さん、これだけの短期間に、8000ヒット、有り難う御座いました。m(__)mこれからももっともっと頑張りますね。
5月の一言:この道はいつか来た道 ああそうだよ この道はさつき来た道 橘屋円蔵ですm(__)m
風呂ーting chart
5月24日(金)
このところ、バタバタで日記もままならなかったのがちょっと悔しい。
さあてっと、ここ数日の事について。数日前、営団地下鉄南北線に乗車。電車のドアから車内に入り際、とてつもなく久し振りにアレに遭遇。え?分かりにくいって?弾正で遭遇といえば、わんこに決まってるぢゃないですかぁ(^o^)
ちょいと不思議な、みるからに江戸っ子なあねさんが、カゴにも入れず、ダイレクトに丸で家の中の様に、普通にわんこを抱いて座っておりました。もちろんドア際。乗車するなり、いつもの様に見つめあってしまうわんこと弾正。いつも通り言葉にならない会話を楽しみました。ただ、いつも通りの突進は無かったです。何故なら…はいっ、ここ、わんこ好きの皆さん、構えるとこですよぉ、おいしいとこですよぉ、…そのわんこは、ポメラニアンであるが上に、赤ちゃんだったのですよぉっ!!もう、超ラブリー(^o^) たまんねえっすよぉ(^.^;)
そんなポメ赤ちゃんですが、どう見ても他のポメラニアンより数段かわいい、美形だったんです。今まで見たことも無い程に。それに、赤ちゃんなもんだから、大きなどんぐりおめめがぱっちり。人類を含む動物は、天敵から身を守る為に、自立する以前は親を含めた周囲に対して、保護本能をそそるため…なわけなんですねぇ。いや、長くなるに決まってるから、含蓄はこれまでにしときますっ。
話変わって、月曜日位から風邪気味。元より今年は季節感が薄いですねぇ。というよりは、ずれているって言った方がいいのかも。だって、『季節先取りの発見』って、今年に限っては、喜ぶそばから、皆そうだったりしてませんか?(^.^;) そこで問題が一つ。あ、『ずれてる』って方ですよ。私、先程申し上げた通りに風邪をひいたのですよぉ。現在もまだ引きずっております。これは、夏風邪なのか否か。もし夏風邪であれば、明らかに『バカ』である、という事になりますねぇ。ここんとこに反応して掲示板にカキコしようとしているあなた、自粛しといて下さい。(^.^;) 打たれ弱い性格なので(^.^;)
さて、このところ仕事が混んでおりましてですねぇ、今月いっぱいは、もうギュウギュウ詰めなんですね。そこで現在思いを巡らしている事、それは『風呂』について。
まず最初の選択。内風呂と銭湯、どっちか。好きなのは銭湯。広いっ!!気持ちいいっ!!メンテ一切不要っ!!ところが…時間的制約がありますねぇ。何でオレが帰宅する頃にはもう終わってるんだっ!!…てなわけで、内風呂へgo!!
次なる選択、そんな時間が無い状況下では、寝る前と起きてから、入浴するのはどっちか。ううむぅ、数日間真剣に悩みましたねぇ、これは。それで、風邪引いちゃってるもんだから、放っておいても体温高め。しかも時間が無いというからには、朝きっちり起きなければ。そうなると、体温を上げて寝るというのは、寝つけなくなる可能性が高い。それに、朝入浴したとすると、熱めのお湯であれば、これ以上の目覚ましは無い。かといって、朝入浴するというのは、寝坊したら入浴せずに出かける危険性も高い。という事は、やはり夜なのだろうか?…ううむぅ…というところで、夜、ぬるま湯という選択に。風邪、よくならず。(^.^;)
更にそこから選択。洗髪は夜か、朝か。夜、入浴するのであれば、その時一緒が手っ取り早い。かといって、風邪を引いているわけだから、発熱につながる危険性がある。では朝シャンはどうだろう?時間がないという状況下で朝シャンした場合、乾燥はどうする?自然乾燥か?オレの場合、それでもOKなのだが、何せ風邪を引いている。…って事は、夜だろうが朝シャンだろうが、どちらにしても風邪が悪化する可能性大。ならば洗わなければいい…というわけには行かんっ!!なので、結局どうしても同じだという結論に至り、風呂に入ったついでに洗髪、という事にする。…案の定寝つき悪いわ、風邪良くならんわで…
フローティング・チャート、あなたはどうでしょう?…ほんとにオレって、風呂好きなんだなあ…
密かにトップ1
5月15日(水)
もうバレバレなのではっきり申し上げます。昨日、ラジオの二週録りをしました。(^o^)…って、リスナーの夢はどこへ??
そんなわけで、掲示板での予告通り、大改革を二つ。これでようやく…放置された看板コーナー、『佐々木の辞典』の更新が出来る…かも。
何故『かも』なのかというと、実は現在抱えている大切なお仕事で、ソフトウエアのトラブル発生、バタバタしております。まだメールが来ません。出版社の担当さんと私と二人で、肝を冷やしながら連絡を待っております。
え〜、まあ昨日収録があったわけで、今日は徹夜明けで、あのにゃんこと再会を果たしに行って参りました。いましたよ、しっかり。カメラを向けると何故か後ろ姿をこちらに見せる仕草。やっぱ角度とか気にするんでしょうか?そして微調整している間に、しびれを切らしたのか、某ネコが好むに決まっている系の飲食店の裏へと消えて行きました。
そんなわけで、真夏の様な陽射しの中、渋谷の町を歩くことに。明治通りの歩道でした。渋谷、ベンツは普通、更にその上の高級外車が、ゆったりと、極めて安全運転する町。そんな車道を見ていると、ランボルギーニだ、フェラーリだ、おっ、珍しいっ!!タッカーだ…てな具合で、いつもながら国産車よりもゆっくりと安全運転…というか見せびらかしてるというか…
ところがですよ、そんな中、最も私の心を捉えたのは、そんな車ではありませんでした。もう一目惚れですよ。つまり初対面。ずんぐりむっくりなブラックボディー、てっぺんには黄色いランプが…ん?もしかしてこれはタクシー?…の様だ…やっぱり…でも何かが違う!!
ずんぐりむっくり、こいつがとてつもなく意表をついておりました。何と、私は初めて見てしまいました。『軽ワゴンタクシー』です。何故『軽』である必要があるのか?しかもス○キのあの大人気で実家でも使っている、フルタイム四駆のあのワンボックスです。ワンボックスがタクシーというのも最近増えてますね。更に『軽』…車体の横っ腹には、空港がなんちゃらとか。どうやら成田からの様でした。しかし謎。これが『軽』である必要性を物語っているわけではないですよね。そして後部座席用のスライドドアを見ると、『車イス』という文字とマーク。合点が行きましたよ。車イスの人と同伴の人。と来れば、普通のセダンタイプでは不便ですよね。乗り降りだけではなく、乗車中も不便です。そして、軽自動車といえば、乗車定員は4名。下手に普通のタクシーに乗るよりもゆったりとしているこのスズ○の軽ならば納得です。車イスの人が乗って更にギュウギュウ詰めになる事だって起こりません。
でも、こういった理論展開をしつつも、どうしてもちゃんと納得出来なかったオレです。どうも押しが弱いというか、説得力が弱いというか…
それにしてもキュートでしたよぉ、このタクシー。ここまで可愛いタクシーなんて、無かったなあ…って事で、この抜きん出たキュートさでOKにしました。含蓄だけが全てではないっす。大体最初に注目してしまったのは、並み居る高級外車を押しのけて目立ってしまったそのルックスだったわけです。いいなあ(^o^)やっぱこれでいいや。
帰り際、今日は冒頭でのお話の通り、帰宅後にはバタバタせざるを得ないので、最近では珍しく夕食を外食で済ませました。これがひどかった。池袋の定食屋に入ったんですね。とてつもなく安いから。そしたら、一席開いた並びの中年男性が、せき込んだと思ったら火山噴火。私は食事前。それを目の当たりにするのも何だったけど、更に噴出した火山灰及び火山岩がこっちにまで飛んできました。カウンターの奥に引っ込んだままの店員。呼んでも来ない。そしてようやく私が騒ぎそうな気配でいるのを見て、ハッとした様です。急いでいるからその店にしたのに、既に20分は待たされておりました。ちなみに店はガラガラ。そんなわけで店員さん、完全に勘違いしたらしいです。『テーブル拭いて』と言いたかったオレなのに…ハッとして奥へ、そして10分前には出来上がっていたと見える定食の乗ったお盆を持ってきて、セリフ噛みまくって差し出してくれました。だ〜か〜ら〜、そうじゃないんだってばぁ。…食欲無くなったなあ。
今日のにゃんこ
5月13日(月)
今日は曇りときどき霧なんだか霧雨なんだか、というわけの分からない天気の中、渋谷におりました。
ふと立ち寄った、このところ馴染みのペットショップ。今日も赤ちゃんわんにゃん達がかわいらしさ全開で迎えてくれました。
そんな『愛嬌振りまくプロ』(?)とは別に、そのすぐ近くの路地で、齢およそ1歳前後の三毛猫(♀)が、これまた美形な家猫ですが、スレンダー且つ柔らかな、そしてよく自分で手入れしていると思しき体毛を帯びた肢体で、あてもなくうろうろ…
『だって猫だもんっ!!』といった風情で、ひたすらうろうろ… かわいい(^o^)
その初対面のにゃんこ、当然名前も知りません。さんざんぱら私に観察され、ちょっと気を良くした風でした。そして突然、家と家の隙間へと駆け込みました。
私はてっきり、観察されたのがストレスになり、疲れたから私から離れたのだと思いました。ところがその後、昼食を済ませ、およそ1時間後にそこを訪れると、…やはりうろうろ…でも何かが違ったのです。ん?何だ?…何かがにゃんこの顔の周りでぶらぶら…ひらひら…
そして私の正面に来ると、『にゃ(^o^)』といった感じで、自慢げにそれを見せました。何とにゃんこの顔の周りをぶらぶら…は、にゃんこがネズミをくわえていた、って事だったんですねぇ。
この瞬間、ハッとしました。これまでの数ヶ月間、自分の中で燻り続けていた何か。迷いもあり、自戒もあり、とてつもなく雑然としてしまった脳、いわゆるいっぱいいっぱい、という状況だったこの脳、この瞬間に突如として片づきました。
そのにゃんこは、そのまま飼い主の家の中へ…ここで少々解説。三毛ですから、彼女の品種は、ニホンイエネコ、だから何だというわけではありません。ネコ科の習性というのがなかなか強力でして、他の種族から見ると、ネコ科同士での共通点がとてつもなく多いのです。
例えば『何かしたら、自慢する』というのも、虎、ライオンという果てに至るまでの習性なんですね。
そんなネコ科の中にあり、その名に冠されておりながら最もそういった習性から離れた感がある、いわゆる『ネコ』、人間との共同生活によって、今となっては共同生活というものに順応する事が仕事と化した感のある『ネコ』ですが、彼らはこう思っていたはずです。『自分、ネコっす。本来はネコっす。ネコさせて欲しいけど、まあ我慢しましょうかね。』
そんなストーリーを瞬時に描きつつ、捕ったネズミを自慢された私。またまた瞬時に今の自分にオーバーラップ。『俺、音楽やってていい、ではなくて、やってなくちゃいかんのだ。似ているようで全然違うんだ、この二つ』…『この二つ』とは、『やってていい』と『やってなくちゃいかん』の事なんですねぇ。
ここ数ヶ月、様々な思考を巡らして来ました。どんどん悪化する音楽家としての待遇、新しい事をやりたくてどうしようもないのに、その部分から、諦めるべきか否か、また今が時期ではなく待つという事なのか、そして『音楽を生業とする』という事はエゴなのか宿命なのか、はたまた義務なのか、我が侭なのか…
にゃんこに教わった事、自分の中の真実を失ってはいけないということ。迷いは失う事からではなく、見失う事から始まる、という事。
年末年始、トリプルブッキングからダブルブッキングへ。この為、KUSARE芸道の為の新曲が若干減少。そしてGWの公演、全曲が揃ったのが初日…
この間に、疲ればかりが感じられ、去年の芸道の公演までの自分の力が、芸道でもCDでも発揮出来ず、迷いが始まり、膨らんだ…
先日、知人に尋ねられました。「ストックはあるのか?」と。言葉に詰まり、適当な事を言ってしまった私。「芸道に使いました。」…後になって考えると、全く違うのである。
考えてみると、劇音楽という物に、ストック程無意味な物はない。演出家の意図に合わせて、随時全く新しい物を生み出すのが仕事だからである。つまり、私が芸道でやって来た事って、私が思っている以上に、人間離れした事だったのかもしれない。
そしてよくよく考えてみると、『ひのきヲ』という作品では、一曲(帝国のテーマ)以外全部新曲、それは全くの無の状態から1週間で生み出している。もちろん打ち込み完了までである。これは当然、天才モーツァルトのペースすら超越している。また『恋しくて』というCDブックでは、CD1枚分の楽曲を二日間で作曲から打ち込みまでの全てを完了。
ここまでは過去の自分。だから見失ってしまった。この能力を信じるべきだったのだ。そしてダブルブッキングの片方、『大きなコケシの故郷で』では、24曲の作曲を3時間半で、打ち込みは5日間。迷いつつもやることはやってしまっていた。更に最新作、『ギターを抱いたカンコ鳥』は、ギリギリだったとはいえ、四日間で、主題歌と「めちゃくちゃの歌2002」以外の曲を作曲から打ち込みまで完了している。
ストックに頼れない世界で、全て無から創造してしまっているのである。しかもモーツァルトにはない、『打ち込み』と『波形処理』という作業も含めて。自信を失うスキ等無かったのだ。全く無駄な迷いだったのかも知れない。だが、迷うこと自体は決して無駄ではなかったという確信がある。
それは、自信の元となる確信を得た…というよりは、確信の存在に気付いた、という事だと思う。それを気付かせてくれたのが、あのにゃんこだった。まだまだ幼い面もちの、邪気が一切無い子供、そんな彼女が見せてくれた大都市の中での、自然の摂理。
『諦めずに探せば、こんな所にだってネズミはいるんだよ(^o^)』…参りましたm(_ _)m
カンコ鳥発つ
5月 8日(水)
終わったのだよなあ、演劇帝国KUSARE芸道第13回公演、『ギターを抱いたカンコ鳥』…本当に終わったのだよなあ。
終始苦しんでいた様に思える。この劇音楽。とてつもなく悪条件が重なっていた。今日の日記は、私には珍しく、ちょっと毒舌かも知れません。気に障ったならば、どうかオブラートに包んでカキコ願います。打たれ弱いので(^.^;)
ちょっと整理してみましょう。
1)原作のフィードバックがあてにならなかった
無音!!音楽?どこ?何の事?って感じです。参考資料が無いに等しかった渡り鳥シリーズ。主題歌は小林旭。オケの演奏ボロボロ。拍が全く分からない状態でした。当時の録音を考えると、当たり前なんですね。編曲がそもそも無茶。そんな中で、当レコと同時の一発録り。一度つまずいたらもう最後。もちろん歌だって、オケと一緒に歌ってます。重ね録りなんてとんでもない、という時代だったのですねぇ。
それから劇音楽の少なさ。主題歌、何故あるのか分からないけどダンスシーンでは、よく分からない姉ちゃんの歌、若しくは旭がちょっちょちょ…それから主題歌のインストルメンタルが、全く場面に合う合わないを考えずに挿入される。良いものを作るという所からはかけ離れた世界。
2)当時の音楽を身体が拒絶した
今聴いて、決していいとは思えない当時の音楽。ここに最も苦労しましたよ。やっていた事はラテン歌謡、ブルース、それから西部劇まがい。どれもこれも『まがい』…しかも作ってる方が、どうしても演歌になってしまうという発展性の無い思考。現代に生まれていたら存在しようのない世界。現代程交通の便も無く、情報量も少ない、そんな世界で、『海の向こうの欧米では、こんなことやってる』という、そういった世界の音楽。しかも…何故か演歌調になってしまう。演歌がどうのという事を言いたいのでは無い。演歌は演歌として存在すべきなのである。それを欧米の文化を紹介する様に絡ませるのはどうかと思うし、実際いい結果など出ていないと思う。
3)キャラクターが大謎
『渡り鳥シリーズ』のパロディーだからこそ、苦しまざるを得なかったこの部分。『ギターを持った渡り鳥』は、確かにまともで、しっかりした刑事物に仕上がっている。これをお笑いにするのは、今回のコンセプトからは微妙に外れてしまう。だから、話自体はこの作品から来てはいるものの、面白がっていじった、いわゆる『無茶』というのは、『大草原の渡り鳥』をはじめとする、シリーズ二作目以降となる。
その『無茶』を面白がるのが笑いにつながる。だが、これ自体が良いものを作るという所からズレてしまう事になる。渡り鳥は、刑事だった。それが、ある事件で、ジョーの友人達の命を殺めてしまったのが発端で刑事を辞め、渡り鳥となった…というのが、裏設定。そこから先が問題なのである。何故流しなんだ?何故一般の日本人が拳銃持ってるんだ?何故福島の農民が皆皮のベストを着てるんだ?何故会津磐梯山麓の農家が西部劇のセットなんだ?何故アイヌの村が西部劇の舞台なんだ?…
こういった『無茶』に端を発し、キャラクターにまで至る。渡り鳥は何人も殺しているのに、何故最後にジョーが自首して全て解決するんだ?…これ自体が『親切のギョー』というキャラクターを作り上げてしまった。そしてその『ジョー』がまた大謎である。ヒールに見えて、実はいいヤツ。私自身、ああ、これは渡り鳥のライバルとして存在しているんだ、と納得出来るまで、本当に長い時間掛かってしまった。この『ジョー』をパロった『ギョー』の音が出来ない限り、本当の意味での悪役である、『君島』の音の決めようが無い。どっちも悪役に見えてしまっていたからである。だから違いという事を深く考え、はまり込んでしまった。ここで最も苦労してしまった。だから、『ジョー』はライバル、という割り切りが出来たからこそ、全ての曲の作曲に入れたといえる。『ジョー』の音次第で、全てが決まる、それが今回の公演の劇音楽だったのである。
総括すると、こうなる。先ず、原作である『ギターを持った渡り鳥』をはじめとする『渡り鳥シリーズ』は、現実離れした、むしろ無茶な物語である。これ自体、本当に良いものを作るという発想からは遠いのかも知れない。
続いて、当時の音楽をそっくりそのままやってしまうと、弾正という人の評価を下げる恐れが大きかった。ここでも大きく苦しむ。
そして、何もかも無茶という中で、各キャラクターに固有の音が付く、ライトモティーフという手法自体に無理があったのであろう。
これらの全てを払拭したのが、『ギョー』のテーマの完成だった。そして、当時の音の復元を避けつつ、当時の雰囲気を復元するための発想が、最後の最後になってようやく出てきた。これが、『時代が合っていれば、アメリカの音でもいいのでは?』という発想だった。
今回の劇音楽としての山場は、ズバリ、ルリ子の誕生日のパーティーのシーンである。これを、『ウエストサイドストーリー』で、ブロードウエイのオーケストラで第一ホルンを担当した経験から、ついつい、『ダンス・シーン』と呼んでしまうので、『ダンス・シーン』という事になってしまった。
この『ダンス・シーン』が始まる音楽、それが『マンボ2002』である。ラヂヲ館では、『ビンボとは別なマンボで行きます』と明言していた弾正。この事だったのである。密かに自分で付けたサブタイトルが、『マンボ・アメリカーナ』…そう、バーンスタインになればいいんだ。それなら、時代を合わせても、曲のクオリティーを下げずに済む。だってスタンスが弾正とバーンスタインでは、『全く同じ』だから!!
バーンスタインも弾正も、クラシックという基盤を元に、全てのジャンルの音楽を手がける宿命を持っている。それは、二人とも『劇音楽』に携わる人間だからである。全てをクラシック調にしてしまうと成立出来ないストーリーだってあるのだ。そこを何とかする為に、二人とも、あくまでもクラシックで培った音楽性で、様々なジャンルの作曲を片付けてしまう。例えばバーンスタインは、中央密集体和声という、当時のクラシックの最先端のテクニックを『ウエストサイドストーリー』で用い、他の作品でも同様にクラシックのフィードバックをうまく使っている。ジャズで分析してしまうと、これはハイテンションという事になるが、使い方自体が、クラシックの中央密集体和声なのである。そして弾正が作曲の中核の一つとして据えているのが『Dーコード』である。これ自体が、中央密集体和声を、自らの音感だけを手がかりに、強引に理論化した物である。これまで弾正は、第二のバーンスタインを目指して来たわけではない。だが二人の環境があまりに似ているからこそ、こういった一致する部分が多く出てきた。
この『バーンスタインになる』という割り切りで、一気に『ダンス・シーン』が片付く。主題歌と共に、先んじて完成していた『めちゃくちゃの歌2002』以外は、こうして出来上がる。…マンボしかバーンスタインチックになってないって?…そうですね。…って開き直るんかい〜〜っ!!
だが、この割り切りで、抜けしゃあしゃあと、君島関連をはじめとする、当時の日本人には作れるわけの無かった良い音を突っ込む勇気が生まれた。バーンスタイン様様である。今さらながら、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
さて、今回は、サントラ盤用の音で、時間の無さから、かなり急仕上がりになってしまったのが悔やまれます。勿論、本番用の音がそういったわけで良かったのだから、悪いというわけではありません。ただ、いつもほどは本番で使った音をいじれなかった…これは逆に、お客様にとっては良い事なのかな?(^.^;)
そんなこんなで、…もう疲れたっ!!